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カモミールの香り
星も見えない夜空に、一つだけ輝いている丸い月。
やわらかな月明かりの下、僕は園田さんと小さな公園のベンチに並んで座っていた。
日曜の夜の遅い時間。
彼女が本番を終えたあとだ。
長袖の服と長いスカートで、絆創膏の数は見えない。
眼帯をしている彼女の肩が、とても小さく見えた。
「園田さん、身体……大丈夫?」
「……うん。どうにか、ね」
彼女の顔は、どう見ても大丈夫そうには見えない。
今日は、どれだけ失ったのだろう。
そもそも、そんな身体で僕に会いに来てくれたなんて……。
彼女に掛ける言葉が見付からない。
「飯野君、私……」
彼女は僕の手を両手で握ってきた。
包帯をしている彼女の手の指は、数が足りていない。
突然、手を握られた僕は、どうしていいのか分からなかった。
「私ね、他の人じゃなくて、飯野君に……食べられたかった」
「……え?」
僕は、聞き間違えたのだろうか?
まさか彼女のほうから……僕に?
正直、あの試食会を終えたあとも、僕は彼女を食べ足りていなかった。
今だって……。
ゴクリと喉が鳴る。
「飯野君、私を食べてくれる?」
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