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「相変わらず、お忙しそうですね、監督」
「あぁ。まだ新作の撮影も終わっていないというのに、もう次の話だ。休むヒマもない」
監督は文句を言いながらも、嬉しそうにしている。
六年前、ディナーパーティーの招待客全員に、僕は醜態を晒してしまった。
美波と結婚したあと、義父とともに三人で初めて参加した会合には、あの時の招待客も何人かいた。
僕は合わせる顔もなかったが、誰もそのことには触れなかった。
それどころか、みんなは僕に優しくしてくれた。
あんなに無愛想だった監督も、僕の顔を見るなり肩にポンと軽く手を乗せてくれたほどだ。
それから僕は、監督と話ができるようなった。
「それじゃ、次回作も楽しみにしてます。ではまた、のちほど」
ワインの入ったグラスを手に、僕は席を立った。
六年前の出来事が、義父の耳に入っているかどうかは分からない。
もし、知っていたとしたら……僕が美波と結婚した理由も分かっているはずだ。
究極の二択を迫られ、苦し紛れに結婚を選んだのが知られたら、あの義父の性格だ。
一生掛かっても僕を認めてくれないだろう。
だが、六年経った今も、そんな様子は見られなかった。
あの夜の出来事は、誰もが胸に秘めたままなのかもしれない。
会合とは、そんな集まりでもある。
全員、口が堅い、というのは本当だったようだ。
「こんばんは、狐洞さん」
「……真……さん」
小説家の狐洞薫も参加していた。
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