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薄汚れたブレザーに裾が擦り切れたジーンズは、相変わらずだ。
「新作、読みましたよ。あのラストには衝撃を覚えました。とても面白かったです」
「いつも……ありがとう……ございます」
狐洞さんは、恥ずかしそうに顔をうつむかせた。
「あ、あの……真さん」
言い掛けて、キョロキョロと辺りを気にしている。
会合でしか会えない狐洞さんは、いつも孤立していた。
食事が終わっても、隅の席で一人ポツンと酒を飲んでいることが多い。
みんなから嫌われているわけではない。
狐洞さん自身が人嫌いで、人を寄せ付けないオーラを出しているせいだ。
そのくせ、人を観察するのが趣味らしい。
今、この近くには僕達しかいない。
「何でしょうか?」
狐洞さんの泳ぐ視線が、ある場所で止まった。
僕も、そこに目を向けた。
ここから離れた場所で、話し込んでいる三人。
大臣と義父、そして美波だ。
「狐洞さん?」
「あ……いや……その……」
狐洞さんは美波達から視線を逸らして、言葉を詰まらせた。
「どうしても……離れない……んです」
「何が、ですか?」
そう訊くと、狐洞さんは怯えたような視線を僕に向けてきた。
「あの夜の……出来事……が……」
「あの夜、って?」
狐洞さんが口にしたのは、六年前の忌まわしいディナーパーティーのことだった。
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