牢獄

43/52
前へ
/191ページ
次へ
「今も……昨日のこと……みたいに……ずっと……離れなくて……」  僕は、どう返していいのか分からなかった。  あの夜の出来事は、おぞましい体験として記憶にも、この身体にも深く刻まれている。  死ぬまで……いや、死んでも忘れられない。  忘れられるはずがない。  それは、狐洞さんにとっても同じだったようだ。  僕は、あのディナーパーティーで解毒薬を打ってもらい、ようやくの思いで席に着いた。  周囲から浴びせられたのは、(あわ)れみの視線。  やるせない思いでいっぱいだった。  それと同時に、僕の向かい側に座った美波に、周りは恐れるような目を向けていた。  大臣ですら、そうだった。  もしかしたら、美波が悪魔みたいな態度を取ったのは、みんなの前では初めてだったのかもしれない。  現に、これまで僕と参加してきた会合では、そんな態度は一度もなかった。  いつも、しとやかなお嬢様、といった感じで食事と会話を楽しんでいた。  今だって、そうだ。 「真さん……今……お幸せ……ですか?」  唐突(とうとつ)な質問だった。 「はい、幸せですよ」  そうとしか答えられない。  狐洞さんは、いったい僕から何を引き出したいのだろう。 「あの夜の……こと……書いても……いい……ですか?」
/191ページ

最初のコメントを投稿しよう!

69人が本棚に入れています
本棚に追加