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大学の図書館で、同じ本を取ろうとして指が触れた時の、はにかんだ顔。
園田さんのことを訊いてきた時の、遠くを見つめていた瞳。
バイト先のコンビニまで一緒に帰っていた、嬉しそうな顔。
映画の試写会に誘ってきた、覗き込むような顔。
僕からのプレゼントを喜んでいた顔。
平川さんの子供と遊んでいた時の、久しぶりの笑顔。
初めて身体を重ねた時の……。
最後に抱き締めた時、腕の中で美波は肩を震わせていた。
今になって思えば、ネックレスをプレゼントしようとした時の笑顔も、少し寂しそうだった。
もしかしたら、覚っていたのかもしれない。
僕といられるのも、今日で最後だと……。
これまで美波が見せてくれた顔は、すべて本物だったのかもしれない。
かといって、ディナーパーティーでの悪魔のような顔も、忘れることなんてできない。
僕は、目の前のステーキを見下ろした。
たとえ美波がどんな想いだったとしても、食べないわけにはいかない。
これを食べてこそ、美波への復讐が完結する。
止めていた手を動かして、ナイフでカットした肉を頬張った。
初めて園田さんを食べた時のような衝撃が、全身に伝わっていく。
あの時と違っているのは、美波への復讐を終えた、という喜びだ。
目を閉じて、何度も咀嚼をして食感を確かめる。
この肉は胸椎の後ろにある肉、サーロインだ。
赤身のしっかりとした旨味と、脂身の濃厚さが楽しめた。
ゲテモノ好きの美波でも、意外と美味しかった。
ここ最近、Xランクの肉を食べていなかったせいかもしれない。
こちら側の人間が、こちら側の人間を食らう。
まさしく、これが共食いだ。
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