試食会

4/14
69人が本棚に入れています
本棚に追加
/191ページ
 ドアを見つめていると、突然、声がした。 『飯野君、今日は来てくれてありがとう』  物腰のやわらかい口調。  渋めで、よく通る声。  教授の声は、テーブルに置いてあった小さなスピーカーからだった。 「あ、いえ。僕のほうこそ、誘っていただいて……嬉しいです」 『できたての料理を食べてもらおうと、厨房からスピーカー越しですまないね。ゆっくり味わってくれたまえ』 「あ、はい!」  どうやら教授は料理中らしい。  ヒマを持て余した僕は、目の前にある食器を見つめた。  皿の上には、真っ白なナプキンが折り畳まれている。  何本ものナイフやフォークにスプーン。  ナプキンの使い方も、何の料理にどのフォークを使うのか、順番も何もかもが分からない。 『食事マナーなんて気にしないで、好きなように食べてくれていいからね』 「あ、はい。すみません」  まるで見透かされているみたいだ。  よく見ると、スピーカーには小さなレンズがはめ込まれていた。  声だけでなく、こちらの様子も丸見えのようだ。  すぐに背すじを伸ばして、姿勢を正す。  スラリとした長身で、人気俳優のような整った顔立ち。  いつも着ているのは、高級そうなスーツ。  教授は、大学でも女性達から絶大な人気がある。  確か四十代だと聞いていたけれど、肌のツヤといい、くたびれた雰囲気もなく、どうみても三十歳前後にしか見えない。  ヘタしたら、二十代後半でも通るかもしれない。  教授は、男の僕から見ても憧れる存在だ。  もしかしたら、園田さんは教授のことを?  まさか二人は……?  勉強しか取り柄のない僕に、彼女は見向きもしないだろうし、これもただの奇跡でしかないのも分かっている。  それでも僕は、ほんの少しだけ教授に嫉妬した。
/191ページ

最初のコメントを投稿しよう!