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ドアを見つめていると、突然、声がした。
『飯野君、今日は来てくれてありがとう』
物腰のやわらかい口調。
渋めで、よく通る声。
教授の声は、テーブルに置いてあった小さなスピーカーからだった。
「あ、いえ。僕のほうこそ、誘っていただいて……嬉しいです」
『できたての料理を食べてもらおうと、厨房からスピーカー越しですまないね。ゆっくり味わってくれたまえ』
「あ、はい!」
どうやら教授は料理中らしい。
ヒマを持て余した僕は、目の前にある食器を見つめた。
皿の上には、真っ白なナプキンが折り畳まれている。
何本ものナイフやフォークにスプーン。
ナプキンの使い方も、何の料理にどのフォークを使うのか、順番も何もかもが分からない。
『食事マナーなんて気にしないで、好きなように食べてくれていいからね』
「あ、はい。すみません」
まるで見透かされているみたいだ。
よく見ると、スピーカーには小さなレンズがはめ込まれていた。
声だけでなく、こちらの様子も丸見えのようだ。
すぐに背すじを伸ばして、姿勢を正す。
スラリとした長身で、人気俳優のような整った顔立ち。
いつも着ているのは、高級そうなスーツ。
教授は、大学でも女性達から絶大な人気がある。
確か四十代だと聞いていたけれど、肌のツヤといい、くたびれた雰囲気もなく、どうみても三十歳前後にしか見えない。
ヘタしたら、二十代後半でも通るかもしれない。
教授は、男の僕から見ても憧れる存在だ。
もしかしたら、園田さんは教授のことを?
まさか二人は……?
勉強しか取り柄のない僕に、彼女は見向きもしないだろうし、これもただの奇跡でしかないのも分かっている。
それでも僕は、ほんの少しだけ教授に嫉妬した。
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