第1話 追放姫とカツサンド

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第1話 追放姫とカツサンド

「イクタのおっちゃん、ラーメンちょーだいっ!」  魔法学校の生徒が、食券を持ってオレのもとに駆けつけた。教室の窓から飛んできた、って言えばいいか。運動部なのか、魔法学校の制服をスポーティに着こなしている。 「あいよ、ラーメンおまちどう!」  秒でセッティングして、オレは女生徒にラーメンを差し出す。 「早い! だからこのお店大好き」 「ありがとうよ!」  スポーツマン魔法使いが、席についてラーメンをすする。 「イクタおじ、あたしカレー!」  今度はギャル系の制服を着た魔法使いが、オレに呼びかけた。  カレーも、ほんの数秒で仕上げる。 「あんがとー。ここのカレーサイコー。マジモンのマホーみたい」 「おう。まいど。だが魔法じゃねえからな」  私立リックワード女学院・魔法科学校の学食は、今日も大盛況だ。  魔法を操る学校といっても、生徒たちが食べるものは地球のものと変わらない。地球から来ている生徒がほとんどだからだろうか。  この学校は地球だけではなく、あらゆる世界と繋がっている。名誉ある家柄の子どもだけではなく、魔法の素質がある一般生徒も受け入れるのだ。すべては、魔法の理解を深めるため。  で、地球人がホームシックにならないようにって、オレみたいな一般の料理屋店主が駆り出されたわけ。 「ねえイクタさん、また来たわよ」  同僚のオバちゃんエルフが、オレに声をかけてきた。 「ご店主。わたくしは、ティーセットを所望しますわ!」  中には、こんな勘違い野郎がいるが。  ピンク色のリボンタイってことは、入ったばかりの一年生か。新入生でそんなにイキっていると、嫌われるぞー。 「ねえよ、んなもん。この悪役令嬢」  オレは無愛想に、応対した。 「まあ、悪役令嬢ですって!? そんなのフィクションの世界だけですわ!」  金髪でクロワッサン型の縦ロールをバウンドさせながら、悪役令嬢が胸を張る。 「わたくしは偉大なるエステバン大陸の男爵令嬢、蔵小路(くらこうじ) デボラですのよ!」 「はいはい。エステバンだかギャバンだか知らないが、ご注文をどうぞ」 「で、では……カツサンドを」  素っ気なくオレが言うと、デボラお姫がぼそっと答えた。  最初から、素直にそう言えっての。  学食は魔法科の全生徒の胃袋を満足させるために、あらゆるジャンルの料理を用意している。  地球で店をやっていた頃から、うちではカツサンドが人気だ。  オレがカツサンドを用意してやると、お姫は目をシイタケみたいに輝かせた。 「これですわ! このカツサンドを目当てに、魔法の素質がないのに入学している生徒もいらっしゃるとか!」 「そりゃあ言い過ぎだぜ」  そもそも魔法の素質がなければ、この学校自体を見つけられない。いくら魔法学校に通いたくても、情報すら入ってこないのだ。 「くあああ。今日も大盛況だったな」 「そうね。お疲れさま。アタシは帰るわねー」  おばさんエルフを見送った。オレは一人で、掃除をする。 「ん?」  食堂の脇に、モゾモゾと動く物体が。  椅子をベッド代わりにして、魔法科のマントを寝袋にしてくるまっている。 「アンタはたしか……」 「くっ!」  やっぱりだ。イモムシ少女の正体は、昼間の悪役令嬢、デボラである。 「なにがあった? 寮の消灯時間だろ?」 「追い出されましたの」  なんでも、エステバンがよその国と緊張状態になり、家からの援助を止められたという。 「原因は?」 「わたくしのお見合いですわ」  向こうの国が、デボラを強引に嫁にすると言い出したのである。 「下手をすると、戦争になるのですわ」  学費は三年分払われているため、デボラは学校に通ってもいいことになった。しかし、すべての援助までは受けられない。まず、寮の費用を止められてしまった。相手国からの妨害に酔って。 「通いで申請したのが、アダになりましたわ」  ぐうう、とデボラが、情けなく腹を鳴らす。 「とにかく、なにかを腹に入れろ」  まかないの、生卵のせカルビ丼を提供した。 「いただきます」  カルビ丼を、一口ほおばる。 「お、おいしいいいいい」  それだけで、デボラは泣き出してしまった。 「泣くな。味が逃げちまう。こういうときは、一旦腹が落ち着くまで味を噛みしめるこった」 「ふわい」  ガツガツと、デボラは下品にカルビ丼をかっくらう。その姿に、男爵令嬢の面影はない。  それでいいんだ。メシの前では、すべてが等しい。腹が減ったらメシを食う。  デボラは、そんな当たり前のことさえ、今は難しくなったのだから。 「ほら。お望みのデザートだぜ、お嬢さん」  オレは最後に、三段重ねのプレートを差し出す。 「それは、なんですの……これは!」 「おうよ。お望みのティーセットだぜ」  うろ覚えで、ティーセットを作ってみたが、どうだろうか。  上段には市販のお菓子を、中段にはフルーツ盛り合わせを、下段には……。 「カツサンドですわ!」 「いやあ、これでティーセットとはお笑いだな。忘れてくれ」 「いえ。今のわたくしには、これぞごちそうですわ」  嫌な顔ひとつせず、デボラはティーセットを食べる。真っ先に、カツサンドを。 「残りもんだが、いいか?」 「一切、文句は言いませんわ。いただきます」  キャベツがぎっしり詰まったカツサンドに、デボラはかじりつく。 「ふわああああ。昼間いただいたカツサンドは、サクッとしていました。夜のカツサンドは、しっとりしていますわ」 「ソースが、パンに染み込んだんだよ」  パンが乾いてしまうから、やっぱり作りたてとは違う味になる。だが、この余り物がスキという客もいた。  デボラも、そのタイプなのかも。 「うーん。最高ですわ。ソースが十分に染みたキャベツの千切りが、たまりません。シャキシャキしていない分、パンと絡みついて絶妙な味付けになっていましてよ」  デボラはずっと、食レポに余念がない。 「それにしても、イクタ店主。あなたも魔法使いですのよね? 使ったところを見たことがありませんが」 「ああ、オレの魔法は『時短』だからな」 「時間短縮」 「客を待たせないように、調理時間を省略しているんだ」  オレは一応、ちゃんと料理を作っている。カレーやシチューのようなモノ意外、作り置きなどもやっていない。 「なるほど、あなたもたいした魔法使いですのね?」 「そうでもないさ。初めて店でこの魔法を披露したときは、評価がひどかった」  どのグルメライターも、「レンチンしているに違いない」と、オレをまともに取り扱おうとしなかった。地球の人類に、魔法は早すぎたのだ。  それで失職したオレに、魔法学校が声をかけてくれた。 「あなたも、ご苦労なされたのですね」 「お前さんほどじゃないさ。それでどうだ? これからどうするんだ? 家を見つけるまでに、どこかに泊まらないと。でも、カネだってないんだろう?」  カネがないから、食堂で寝泊まりしようとしていたくらいだし。 「そうですわ! あなた、わたくしを住み込みで雇うおつもりはないかしら?」 「はあ!?」 「わたくしに、生活費なんぞいりませんわ。三食昼寝さえあれば、お給料も必要ありません。どうせ学園の外へ出ませんし、こちらのカツサンドで飢えをしのげれば、それでよろしいので」 「いやいやいや!」  オッサンのワンルームだぜ! 泊めるなんて! 「それくらいしなければ、あなたに恩を返せません! お皿洗いでもなんでもいたします! どうか、雇ってくださいまし」  どうも、働くつもりなのは本当のようだ。 「雇うけど、部屋は別々にしてくれ」 「かしこまりました。やったあ」  少女らしいガッツポーズを取る。  結局、デボラは我が家に泊まっていった。帰宅後のメシもちゃんと平らげて。 「じゃあ、寝るぞ。おやすみ」 「おやすみなさいませ」  寝室を簡易カーテンで間仕切りして、眠りにつく。  だが翌日、予想外のことが。  エステバン大陸が、戦争を取りやめたのだ。 「大事な一人娘が、オッサンの家に下宿するくらいなら、降伏します」とのこと。  相手国も、「大事な婚約者が傷物になるくらいなら、和解します」と言ってきたそうである。  こうしてデボラは、晴れて寮生活を行えるようになった。 「わたくしは別に、ご一緒してもよかったですのに」 「困るっての。はい皿を洗ってくれ」 「承知いたしました。イクタさま」  エプロン姿のデボラが、皿を洗う。 「でもデボラ。お前さん、もうバイトはいいんだろ?」 「いえ。本格的に、弟子入りいたします。どのみち、必要になりますから」  デボラは、婚約するんだったな。このバイトも、花嫁修業のつもりなんだろう。 「そうか。向こうのお嫁さんになると」 「いいえ。なりません」  なんだって? 「元はと言えば、わたくしに自立心がなかったため」  デボラは、国に飼いならされている自分に、ほとほと愛想が尽きたという。  過保護なエステバンにも、自分を無理やり手に入れようとした相手国にも。 「なので、自分で食べられるほどの料理スキルと、自立のためのお金を稼ごうと思いますわ」 「わかった。そういうことならがんばれよ」 「もちろん、今すぐ一緒になりたいというのでしたら、仕方なくお嫁さんになって差し上げますわ」 「結構ですっ!」
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