第2話 ダイエットと、モッツァレラトマトつけ麺 その1 パピヨン・ミュン

1/1
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ

第2話 ダイエットと、モッツァレラトマトつけ麺 その1 パピヨン・ミュン

「さあイクタ。今日も一日がんばるぞい、ですわ」  エプロンと三角巾を身にまとい、蔵小路(クラコウジ) デボラが食器を並べ始める。  故郷が戦争寸前の緊張状態になったことをきっかけに、デボラは自立する道を選んだ。  自分のせいで簡単に戦争を起こそうとする実家に、辟易したそうで。  その一環として、オレの学食を手伝うことになった。  一応、私立リックワード女学院・魔法科学校からの許可はおりている。 「問題児なので更生させてくれ」と、学校からも「強く」推薦された。  一日寝泊まりしたせいか、デボラはもうオレのことを呼び捨てするようになっている。 「まあ。かわいい看板娘ができたね」  第二食堂を担当するエルフのおばちゃんが、デボラを気に入った。 「蔵小路 デボラですわ。よろしくおねがいしますわね」 「困ったことがあったら言っておくれ、デボラちゃん」 「かしこまりました」  さっそく、今日のお客さん第一号が、校舎三階の窓から降ってくる。相変わらず、この光景には慣れないな。 「それにしても、お前の名前って変わってるよな。蔵小路デボラって、日本語と英語とが混ざり合ってるじゃねえか」 「ニホンの発音に、合わせていますのよ」  オレにも発音や識字ができるように、女神が異世界の文字を地球語風にチューニングしているのだという。  そうでもしないと、発音も聞き取りもできないそうだ。 「あなたの名前こそ、『時軸(トキジク) 幾多(イクタ)』といいますわ。イクタはファーストネームでしたのね?」 「ああ。前に経営していた店名も、イクタで通していた」  悪評が立って、すぐ潰れちまったが。 「かなり変わっていますの。調べたら、『イクタ』は韓国語で、 『読む』という意味だと知りましたが?」  韓国語まで、調べたのか。 「そうだよ。『幾多の時間の世界を生きるように』って意味と、『時間を読む』という意味で名付けられたらしい」 「らしい? 時間を操る魔法を、お使いになさるからでは?」 「だろうな」  実はオレも、自身の名前の由来を、詳しく知らんのだ。 「わざわざ、オレのために調べたのか?」 「ええ。ずっとお世話になるかもしれない方ですから」  オレは、言葉を失う。 「やだねえイクタさん。モテモテじゃないか」 「おばさん、からかうのはよしてくれ」  ささ、仕事仕事っと。 「おっちゃーん! ラーメン!」  少女が、食券をオレに差し出す。 「あいよ。おまちどう」  オレは食券をもらってすぐに、いつものしょうゆラーメンを少女の前に置いた。待ち時間、ほぼゼロ秒で。 「はやーい! おっちゃんやばいね!」 「それだけが取り柄だからな」  オレは調理中に、あらゆる時間を止める。ラーメン作りも、デボラには見えていないはずだ。 「相変わらずさすがですわね、イクタは。わたくしでなければ、見逃してしまいますわ」 「見えるのか?」 「魔力の流れだけは。わたくしの持っている魔法は、そういう特性ですので」  デボラは、相手の魔法の流れが読めるらしい。そのために、魔法の対抗戦でも常勝だったとか。 「ただ、流れを止めることはできませんから、あまり強くはありませんの。特に、あのパピヨン・ミュン先輩には、敵いませんわ」 「パピヨン・ミュンって?」 「さっきラーメンを頼んだ、女生徒さんですわ。ミュン・イニオン先輩」  ミュン・イニオンはボクシングもやっていて、華麗な足さばきから、『パピヨン・ミュン』とも呼ばれているそうだ。  「イクタ。あなた、常連さんの名前も知らないで、お食事を提供していらしたの?」  デボラに、呆れられた。 「オレは客のプライバシーになんて、興味がないんだよっ」  ましてここは、女子校だ。あんまり生徒を詮索しては、いやらしい目で見られてしまう。店主として、あるまじき行為だ。 「仕方ありませんわね。わたくしがパピヨン・ミュン先輩のすごさを教えて差し上げましてよ」  それより、手を動かしてほしいんだが? 「ミュン先輩は、わたくしの一個上の学年で二年生ですわ。ですが学年関係なく、彼女は無敵ですわね。プロボクサーの道も、夢ではないとか」  一応皿を洗いながら、デボラがオレにレクチャーをする。  オレは聞き流しながら、他の客の応対を行った。 「プロボクサーね。魔法使いにはならないのか?」  また呆れたように、デボラがため息をつく。 「あのですね……イクタ。今どきスポーツと魔法は、切っても切れない関係ですのよ?」  今の時代、魔法使いは頭だけ使っているだけではモンスターに勝てない。身体能力も強化する必要がある。肉体を強化するだけでは、十分ではないのだ。  オレが見ていたカンフー映画やマンガの世界も、異世界では普通に存在するという。 「あなたこそ、時間停止魔法を料理に使用していますわよ? それと、似たようなものですわ」  そんなもんかねえ? 「イクタおじー。カレーちょーだーい」  ギャル風の魔法使い少女が、定番のカレーライスを頼む。 「おまちどう」  オレはカレーをよそう動作も魔法で短縮して、すぐにギャルへ渡す。 「お前さん、いつもカレーだな? 栄養は大丈夫か?」 「家でお料理はしているからー。お昼は手抜きなんだー。でもなー」 「どうした?」 「もうすぐ、身体測定なんだよねー。太っていたら、どーしよー」  そういいつつ、ギャルの皿にはカレーがマンガ盛りになっている。今日だって、そうオーダーされたんだから仕方ない。 「余計なお世話だと思うが、そんなに食って大丈夫なのか?」 「大丈夫ー。魔法を使うときに、めちゃカロリー消費するからー」  いいながら、ギャルはマンガメシをモリモリと食べ尽くす。 「うまかった! ごっさん!」  ミュンが、ラーメン鉢を返しに来た。舐め取ったみたいに、スープまで空になっている。 「そうか? ただのしょうゆラーメンだぜ?」  洋食メインでやってきたオレとしては、ラーメンはぶっちゃけ専門外だ。  もっとトンコツ系や魚介白湯(パイタン)とか、うまいラーメンはたくさんある。  しかしミュンは、この味がスキだと言ってくれた。 「まいど!」 「またねーっ!」  パピヨン・ミュンは、また三階の窓まで飛んでいく。     ~*~  私立リックワード女学院の寮内にて。 「減っていますように減っていますように……」  体重計を前に、ミュン・イニオンは息を呑む。  スポーツブラとボクサーショーツ姿で、つま先から体重計に乗った。  あれだけがんばったのだ。必ずメモリは下がっているはず。 「減っています!」  願望の言葉が、確信のセリフに変わる。それだけ、ミュンは追い詰められていた。  だが、無情にも針は既定値を通り過ぎてしまう。 「あ、が」  太っている!  やはり、学食のラーメンがうますぎるのだ!  異世界の絶品と名高いラーメン。  大将のイクタいわく「昔ながらの中華そばで、本格的ではない」とのこと。ただのしょうゆラーメンであり、なんのアレンジもしていないと。  だが、それでもミュンたちの住む世界からすればごちそうだ。  生まれた頃から、ミュンはボクシングに身を捧げてきた。  そこに颯爽と現れたのが、ラーメンという食べ物である。  ガッツリしたジャンク系ラーメンもあるというが、「あの味わいは、魔法使いに支障が出る」と禁じられていた。  それでも、あの味は最高である。  薄いチャーシューを、大将は恥ずかしがっていた。  ミュンからすれば、あの薄切り具合こそ神の領域だ。  また、独特の触感を持つメンマ! あの原料が竹と教えてもらったときは、目玉が飛び出たほどである。  あのナルトとかいうカマボコも、なんという愛らしい見た目か!   だが、こうなった以上、自粛するしかあるまい。  とはいえ、自分にラーメンを断てるのか? 「あああああ。どうすればいいんだあああ」  ミュンは空腹のまま、眠りにつく……。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!