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第2話 ダイエットと、モッツァレラトマトつけ麺 その1 パピヨン・ミュン
「さあイクタ。今日も一日がんばるぞい、ですわ」
エプロンと三角巾を身にまとい、蔵小路 デボラが食器を並べ始める。
故郷が戦争寸前の緊張状態になったことをきっかけに、デボラは自立する道を選んだ。
自分のせいで簡単に戦争を起こそうとする実家に、辟易したそうで。
その一環として、オレの学食を手伝うことになった。
一応、私立リックワード女学院・魔法科学校からの許可はおりている。
「問題児なので更生させてくれ」と、学校からも「強く」推薦された。
一日寝泊まりしたせいか、デボラはもうオレのことを呼び捨てするようになっている。
「まあ。かわいい看板娘ができたね」
第二食堂を担当するエルフのおばちゃんが、デボラを気に入った。
「蔵小路 デボラですわ。よろしくおねがいしますわね」
「困ったことがあったら言っておくれ、デボラちゃん」
「かしこまりました」
さっそく、今日のお客さん第一号が、校舎三階の窓から降ってくる。相変わらず、この光景には慣れないな。
「それにしても、お前の名前って変わってるよな。蔵小路デボラって、日本語と英語とが混ざり合ってるじゃねえか」
「ニホンの発音に、合わせていますのよ」
オレにも発音や識字ができるように、女神が異世界の文字を地球語風にチューニングしているのだという。
そうでもしないと、発音も聞き取りもできないそうだ。
「あなたの名前こそ、『時軸 幾多』といいますわ。イクタはファーストネームでしたのね?」
「ああ。前に経営していた店名も、イクタで通していた」
悪評が立って、すぐ潰れちまったが。
「かなり変わっていますの。調べたら、『イクタ』は韓国語で、
『読む』という意味だと知りましたが?」
韓国語まで、調べたのか。
「そうだよ。『幾多の時間の世界を生きるように』って意味と、『時間を読む』という意味で名付けられたらしい」
「らしい? 時間を操る魔法を、お使いになさるからでは?」
「だろうな」
実はオレも、自身の名前の由来を、詳しく知らんのだ。
「わざわざ、オレのために調べたのか?」
「ええ。ずっとお世話になるかもしれない方ですから」
オレは、言葉を失う。
「やだねえイクタさん。モテモテじゃないか」
「おばさん、からかうのはよしてくれ」
ささ、仕事仕事っと。
「おっちゃーん! ラーメン!」
少女が、食券をオレに差し出す。
「あいよ。おまちどう」
オレは食券をもらってすぐに、いつものしょうゆラーメンを少女の前に置いた。待ち時間、ほぼゼロ秒で。
「はやーい! おっちゃんやばいね!」
「それだけが取り柄だからな」
オレは調理中に、あらゆる時間を止める。ラーメン作りも、デボラには見えていないはずだ。
「相変わらずさすがですわね、イクタは。わたくしでなければ、見逃してしまいますわ」
「見えるのか?」
「魔力の流れだけは。わたくしの持っている魔法は、そういう特性ですので」
デボラは、相手の魔法の流れが読めるらしい。そのために、魔法の対抗戦でも常勝だったとか。
「ただ、流れを止めることはできませんから、あまり強くはありませんの。特に、あのパピヨン・ミュン先輩には、敵いませんわ」
「パピヨン・ミュンって?」
「さっきラーメンを頼んだ、女生徒さんですわ。ミュン・イニオン先輩」
ミュン・イニオンはボクシングもやっていて、華麗な足さばきから、『パピヨン・ミュン』とも呼ばれているそうだ。
「イクタ。あなた、常連さんの名前も知らないで、お食事を提供していらしたの?」
デボラに、呆れられた。
「オレは客のプライバシーになんて、興味がないんだよっ」
ましてここは、女子校だ。あんまり生徒を詮索しては、いやらしい目で見られてしまう。店主として、あるまじき行為だ。
「仕方ありませんわね。わたくしがパピヨン・ミュン先輩のすごさを教えて差し上げましてよ」
それより、手を動かしてほしいんだが?
「ミュン先輩は、わたくしの一個上の学年で二年生ですわ。ですが学年関係なく、彼女は無敵ですわね。プロボクサーの道も、夢ではないとか」
一応皿を洗いながら、デボラがオレにレクチャーをする。
オレは聞き流しながら、他の客の応対を行った。
「プロボクサーね。魔法使いにはならないのか?」
また呆れたように、デボラがため息をつく。
「あのですね……イクタ。今どきスポーツと魔法は、切っても切れない関係ですのよ?」
今の時代、魔法使いは頭だけ使っているだけではモンスターに勝てない。身体能力も強化する必要がある。肉体を強化するだけでは、十分ではないのだ。
オレが見ていたカンフー映画やマンガの世界も、異世界では普通に存在するという。
「あなたこそ、時間停止魔法を料理に使用していますわよ? それと、似たようなものですわ」
そんなもんかねえ?
「イクタおじー。カレーちょーだーい」
ギャル風の魔法使い少女が、定番のカレーライスを頼む。
「おまちどう」
オレはカレーをよそう動作も魔法で短縮して、すぐにギャルへ渡す。
「お前さん、いつもカレーだな? 栄養は大丈夫か?」
「家でお料理はしているからー。お昼は手抜きなんだー。でもなー」
「どうした?」
「もうすぐ、身体測定なんだよねー。太っていたら、どーしよー」
そういいつつ、ギャルの皿にはカレーがマンガ盛りになっている。今日だって、そうオーダーされたんだから仕方ない。
「余計なお世話だと思うが、そんなに食って大丈夫なのか?」
「大丈夫ー。魔法を使うときに、めちゃカロリー消費するからー」
いいながら、ギャルはマンガメシをモリモリと食べ尽くす。
「うまかった! ごっさん!」
ミュンが、ラーメン鉢を返しに来た。舐め取ったみたいに、スープまで空になっている。
「そうか? ただのしょうゆラーメンだぜ?」
洋食メインでやってきたオレとしては、ラーメンはぶっちゃけ専門外だ。
もっとトンコツ系や魚介白湯とか、うまいラーメンはたくさんある。
しかしミュンは、この味がスキだと言ってくれた。
「まいど!」
「またねーっ!」
パピヨン・ミュンは、また三階の窓まで飛んでいく。
~*~
私立リックワード女学院の寮内にて。
「減っていますように減っていますように……」
体重計を前に、ミュン・イニオンは息を呑む。
スポーツブラとボクサーショーツ姿で、つま先から体重計に乗った。
あれだけがんばったのだ。必ずメモリは下がっているはず。
「減っています!」
願望の言葉が、確信のセリフに変わる。それだけ、ミュンは追い詰められていた。
だが、無情にも針は既定値を通り過ぎてしまう。
「あ、が」
太っている!
やはり、学食のラーメンがうますぎるのだ!
異世界の絶品と名高いラーメン。
大将のイクタいわく「昔ながらの中華そばで、本格的ではない」とのこと。ただのしょうゆラーメンであり、なんのアレンジもしていないと。
だが、それでもミュンたちの住む世界からすればごちそうだ。
生まれた頃から、ミュンはボクシングに身を捧げてきた。
そこに颯爽と現れたのが、ラーメンという食べ物である。
ガッツリしたジャンク系ラーメンもあるというが、「あの味わいは、魔法使いに支障が出る」と禁じられていた。
それでも、あの味は最高である。
薄いチャーシューを、大将は恥ずかしがっていた。
ミュンからすれば、あの薄切り具合こそ神の領域だ。
また、独特の触感を持つメンマ! あの原料が竹と教えてもらったときは、目玉が飛び出たほどである。
あのナルトとかいうカマボコも、なんという愛らしい見た目か!
だが、こうなった以上、自粛するしかあるまい。
とはいえ、自分にラーメンを断てるのか?
「あああああ。どうすればいいんだあああ」
ミュンは空腹のまま、眠りにつく……。
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