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第45話 クリスマスは、チキンチーズフォンデュで
デボラがクリスマスで、三年生の送別会を開きたいという。
しかし、クリスマスっぽい鍋なんてなあ。いいアイデアが、見つからない。
「それでイクタさんは、わたしにアドバイスを求めに来たと?」
そこで、ウッドゴーレムのモクバさんに相談した。
「はい。なんか、いいもんありませんかね?」
「クリスマスに相応しい、お鍋ですかー」
この世界にもクリスマスがあるのは、知っている。祝い方も、変わらない。
ただ、「クリスマスは恋人たちのイベント」という習慣はなかった。
このへんは、日本と違う。
「お鍋と言っても、我々魔法科学校からすれば『鍋=魔女の釜』というイメージですから」
「ですよね。身にしみています」
ではと、クリスマスは何を食うのか尋ねてみた。
「クリスマスといえば、チキンですね」
この世界のクリスマスはかつて、勇者がさる地方の領地から魔物を追い払った伝説がある。
「地元の有識者が勇者にローストチキンをプレゼントしたことで、クリスマスにはチキンでお祝いする習慣が定着しました」
モクバさんの家でも、チキンをさばくという。
「実はその伝承によると、チキンとは別の鳥なんですよ。ですが、その地方にしか住んでいない鳥でして。仕方がないのでクリスマスは『勇者のからあげ』を食べましょー、となりました」
勇者が晩年に立ち上げたっていう、フード事業だよな。彼はそこで溢れんばかりの財を成し、利益の九割とレシピを死後に寄付した。
「じゃあ、とりすきですかね」
「鶏の水炊きですね」
しかし、デボラやプリティカと違って、ミュンは体力旺盛だ。薄味なとりすきで、満足できるのか。
「では、トマト鍋なんていかがでしょう? サンタさんぽいですよ」
モクバさんといえば、トマトである。
トマトと鶏肉の相性は、たしかに最高だ。
「ふむ。赤を足すんですね?」
「あと、いただきもののチーズが大量にあるんですよ。いかがです?」
海外が舞台のアニメでしかお目にかかれないようなデカいチーズを、モクバさんが見せてくれる。
「チーズ……おお。チーズフォンデュ!」
オレはパッとひらめいた。
「それですね。チーズフォンデュでしたら、シメにリゾットでもラーメンでもなんでもいけますね」
それは、喜んでくれそうだ。
クリスマス当日を迎えた。
大所帯なので、学食には三台の土鍋が並ぶ。
具材は鶏肉、トマト、ブロッコリー、ウインナー、エビなどだ。それぞれ、串を入れてある。
「みんな。ドレスで来るんなら、言ってくれたらいいのに」
クリスマスなためか、女子生徒はみんな着飾っている。これならチーズがハネて、衣装を汚しかねない。
よりによって、今日は生のトマトソースも使うんだぞ。
「メニューを変えてほしかったら、いつでも言ってくれ」
「いえ。この衣装は訓練用で、汚れてもいいドレスなんですわ」
デボラいわく、料理はこれでいいそうだ。ドレスに使っている布も簡素なものなので、平民でも用意できるという。
たしかに、平民出身のエドラも、ドレスを着ていた。着こなし次第で、安い生地でもオシャレになるという。
鍋にしてもらいたかったのも、料理のハネをエレガントに回避するトレーニングであるとか。
ファッションに無頓着だと思っていたキャロリネやペルも、揃って東洋の着物を羽織っている。
「エドラは小さいですから、フリルを大量にあしらっておくと、こんなにかわいくなるのです」
「うーん。オイラはかっこよくなりたいぞ」
「特攻服で社交界に来るレディが、どこにいますか」
なるほど。エドラのドレスは、イルマが仕立ててやったらしいな。
エドラ自身に任せると、それこそレディースのような格好になりかねん。
「しかし、どうしてドレスに?」
「あくまでも、本番に向けてのデモンストレーションですので」
本番は、バレンタインに行われる社交界らしい。
「おひょーっ!」
土鍋の中でコトコトと煮えるチーズを見て、ミュンがウキウキしていた。
「北の森に住んでおった魔女の作業場を思い出すわい。あやつの作った、牛乳でできたシチューに似ておる」
鍋の中を見て、パァイが過去を振り返っている。相当、昔の話なようだが。
「うまそうだな」
「実験用の鍋じゃ。肉も、毒性カエルじゃった」
おおう。
「しかし、見事なチーズの解け具合じゃのう。すばらしい」
「さっそく食おう! いただきまーす!」
ミュンが、串に刺さったウインナーをチーズに絡ませた。
「あはっふ! はっふ! ふんまい!」
熱さに悶えながら、ミュンがウインナーを噛み切る。
「なるほど、チキンも格別じゃ。燻製にしたのう?」
「ああ。よくわかったな」
ローストチキンは用意していないが、燻製に炙ってみた。浅めに香り付けをすれば、チキンのパサツキが抑えられて、チーズの味にも負けないと思ったのである。
「エビも燻製になっていて、おいしいですわ」
「イクタおじ、やっぱり、最高だねー」
デボラとプリティカも、チーズフォンデュを楽しんでいた。
「本番はもっと、きれいな服を着るからな」
「楽しみにしてろよ、イクタの大将」
キャロリネとペルが、オレの腹を肘で小突いてくる。いったい、なんなんだ。
デボラが、オレの前に立った。
「あの、イクタ」
真剣な面持ちで、デボラがオレを見上げてくる。
「どうした?」
また弁当を作ってほしいのか? 作ったとして、どこで食う気だろう?
「社交界で、一緒に踊ってくださいまし!」
(寄せ鍋編 おしまい)
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