第6話 親による、野菜の押し売り

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第6話 親による、野菜の押し売り

「あなたはご自身がなんのために、この学院に入ったかお忘れなのですか?」 「お忘れでーす」  舌打ち半分で、プリティカは答えた。  クリッティカーが私立リックワード女学院・魔法科学校に入った目的は、潜伏である。  だが、それは表向きだ。実際の理由は、人間の学校に入りたいから。  父に言われてこれ幸いと、プリティカは俗世に触れまくっている。  中でもイクタおじさんのカレーは、今まで食べたことのないおいしさだ。 「クリッティカー姫。人間界を見て回るのは、あくまでも我ら魔族が主権を掌握するための情報収集が目的。俗世とのお戯れは、今後お控えなさるように」 「うるっさいなー。くっだらないって」  リリムの説教には、毎回うんざりする。 「あなたのお母上からも生前、姫様の教育をお願いされております。どうか、この口うるさいメイド長の言葉をお聞きくださいませ」 「くださいませんー。だいたいウチ、妾のコじゃーん」  ダークエルフ族の姫だった母を父が気に入って、生まれたのがプリティカである。母は父を慕っていたが、プリティカは父が好きではない。頭の硬いお貴族様なところが、プリティカには気に食わないのだ。  異種族のきょうだいからは、半々で愛情を受けている。半分は異文化に興味津々なグループ。もう半分はリリムのような小言を言ってくる。「魔王の娘なんだから、もっとしっかりした子になりなさい」と。  妾の子に期待されても、困るだけなんだが。   プリティカが求めているのは、自由だ。  生徒たちも、キライではない。同年代の魔族はみんな、マウント取りに必死で退屈だった。それに比べたら。他愛のない、中身もない会話の素晴らしさよ。  なのに魔族たちは、未だ偏見にとらわれている。 「あんたもあのおじのカレーを食べてみたら、わかるってー」 「カレーライスを、ですか? あんな邪道な食べ物、我が故郷の料理と比べたら……ひっ!」  プリティカがひと睨みすると、リリムはさっきまでの威厳を保てなくなった。 「おじさん」のカレーを侮辱するなら、同胞であろうと許さない。 「いいから、食べてみなってー」 「なりません。失礼いたします」  リリムが、姿を消した。  元の妖艶な笑顔に戻って、下校を開始する。  ああ、くだらない。こんなしがらみを抱えて、生きていかなければならないとは。毒親を持つ身は大変だ。  カレーは中に、スパイスや具材がすべてが溶け込んでいる。  もっとそんなふうに、種族間で仲良くできたらいいのに。 ~*~   「ですから、何度も申し上げているとおりでして」  朝早く倉庫を見ると、なにやら学校関係者が誰かと揉めていた。  相手は……貴族か。めんどくさそうだな。隣に陣取る馬車に、大量の野菜が積んである。 「ああ、イクタさん! ちょうどいいところに」  うわあ。飛び止められちまったぁ。  関係者は貴族に、オレを料理人と告げた。もう逃げられねえ。 「実はイクタさん。こちらの方が、わが校に食材を提供したいと願い出ていまして」  食材をくれる貴族様は、地球で言えば新進気鋭の若手実業家のような見た目をしていた。舐められないように、身なりを整えている感がバリバリ伝わってくる。だが、若い頃はやんちゃクレだったのだろう。貴金属をジャラジャラと。 「いいじゃないですか」  タダより怖いものはないというが、別にもらって損するものでもなさそうだ。 「それが、困るんです。どれも高級食材でして」 「となると、話が変わりますね。見せてください」  たしかに、ジャガイモやニンジンなどの品に至るまで、無農薬を使っている。  これは、参ったね。 「わが娘が、食べるのです。安全なものを食べさせるのは、親の努めかと思いまして」  「ですが、アルフェ伯爵。お気持ちだけいただきたく」 「なにがご不満なのですかな? 無償で提供いたすと、申しておりますのに」  アルフェ伯爵だって。 「失礼ですが、あなたのお嬢さんってのは、もしかして」 「はい。我が娘の名は、クリッティカーといいます」  やっぱり。しかし、彼の肌の黒さは、プリティカとは違うな。目の色も、プリティカの青と違って金色だ。 「このアルフェが魔族なので、偏見を持たれておいでか?」 「とんでもない! ですが、とてもいただくわけにはいきません」 「あなたは、どうなのです? イクタ殿とやら」  オレは、相手にジャガイモを見せる。 「結構な逸品です」 「でしょ? 我が農園が技術の粋を集めて手を尽くした作物です」 「だからこそ、子どもたちにはあげられない」 「ほ、ほう」  そもそも、安い値段で提供している。 「うちには平民も、魔法を習いに来ます。彼女たちが食べられなくなるのは、大変だ」 「ですから、無料で」 「ムリです。うちには、既に契約している農園があります。ねえ、モクバさん」  ノッシノッシと、ウッドゴーレムが「お待たせしました~」と顔を出す。 「実はわが校の学食は、わたしのお野菜や調味料を使って、最適化されているのですよ~。栄養素もそうですし、彼女たちの魔力回復量も、すべて計算し尽くしているのです~」  もし野菜が変わってしまうと、また一から料理をカスタマイズし直す必要が出てしまうのだ。
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