第8話 カレーライス

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第8話 カレーライス

 放課後、オレは伯爵を食堂へ呼んでもらった。 「わが領土の野菜を、検討してくださったのでしょうか?」 「いえ。お嬢さんがなにをお召し上がりになっているか、味見をしていただきたく」 「ほほう」  伯爵は、やや難しい顔をした。下賤の者が作ったメシは、口に合わないぞと顔が語っている。  どちらかというと、隣に座るメイド長とやらの表情があからさまだが。 「まあ、一口お召し上がりください。お代は、結構ですので」  デボラが、伯爵のテーブルにカレーライスを置く。 「恐縮です。蔵小路(クラコウジ)のご令嬢に、お給仕をしていただけるとは」 「今日は、楽しんでくださいませ」  ワイングラスに、デボラが水をそっと注いだ。  プリティカのテーブルには、オレがカレーを用意する。 「なんでお前さんまで」 「おなかすいたもーん」とVサインをしながら、プリティカはニコリと笑う。 「プリティカ様、庶民的すぎる料理に触れられては、貴族としてのメンツが」 「メンツより味を取ろうよー。もうそんな時代じゃないんだってー。理屈抜きでおいしいから、みんなで食べよー」  渋っているメイドに対して、プリティカはスプーンを持つように促す。 「たしかに、くっ。この風味は、食欲をそそります。ですが、こんな没個性なカレーライスに、心を動かされるとは」  ああ、揺らいでる揺らいでる。あれだけ偏見の塊だったメイドが、瓦解寸前だ。 「まあひとまず、いただくとしよう。ではイクタ殿、いただきます」  二人が、カレーを口にした。  遅れて、プリティカもカレーライスをはむっと食べる。他の二人の反応を見つつ。 「あ、これうんま!」  まずは、メイド長がスプーンを口と往復させる。 「本当だ。見事な。濃厚ながら、馴染みが深い。この米と合わさって、最強ではないか。野菜も一部、解けて混ざっている」  伯爵は言葉に出さないが、空になった皿がすべてを物語っていた。 「みなさんの故郷でもカレーは、お召し上がりになるとか」 「妻の実家では、スープ状のルーに、パンを付けて食べるのです」  米でも食べるが、サフランライスだという。 「こちらはそれとは趣が違うが、なんという」 「奥様のカレーとは、比較にもならないでしょうか」 「どうなんでしょうね。もう、亡くなりましたから」 「……申し訳ありません」  オレが非礼を詫びると、伯爵は「お気になさらず」と言ってくれた。 「カレーは、ダークエルフの伝統料理だそうで」  スパイスの商談のために訪れたカレー専門店で、プリティカの母親と出会ったという。 「当時の私は、まだ魔王になりたてのヤンチャで。しかしそんな相手に、彼女はどの妃よりも優しかった」  どちらもまだ若く、一緒に馬でツーリングした仲だったそうだ。 「作ってくれたカレーが、実に美味で」  そこから逢瀬を重ね、プリティカが生まれたという。 「ですが病に倒れて、そのまま」  伯爵が目を腫らし、鼻をすすった。 「私は、奥様の弟子だったのです」  メイド長も、泣き崩れる。 「でもプリティカさんは、イクタのカレーが好きなんですわね?」 「うん。ママが作ってくれた味と近いんだー。市販のルーを、使っていたらしいんだけど」  それだったら、と、オレはルーの空箱を用意した。店で売っているタイプを、業務用にデカくしたものだ。子どもでも見た目がわかりやすいパッケージで、人気がある。 「これか?」 「そう! リンゴとハチミツが入ってる、ってやつー。だから、味が近かったんだー」  まさかプリティカの母親と、こんな形で接点ができるとは。 「なんとも、愉快ですなあ。亡き妻と、このような姿で再会するとは」 「まったくです」 「ごちそうになりました。ありがとう」  立ち上がった伯爵が、手を差し伸べてきた。 「こちらこそ」  伯爵と握手を交わす。 「娘は元気そうなので、余計なマネはしないでおきましょう。妻が見守っているんだ。ルーに溶け込んで」 「そうですね。毎日出会えます」  オレがカレーを作る限り。       翌日、プリティカがまたカレーを食いに来た。 「オヤジさんとは仲直りしたか?」 「うん。イクタおじのおかげー」  プリティカはそう言ってくれたが、オレは首を振る。 「そりゃあよかった。でもオレの力じゃねえな。カレーの力だ」 「そうかな?」 「カレーは、なんでも溶かしてくれるからな」  鍋の中では、野菜も肉の一部も溶け込んでいるものだ。それが絶妙なバランスで混ざり合って、人の口に入っていく。こんな偉大な料理だからこそ、長年愛されている。 「イクタおじ、ウチと同じ考えだったんだね? これって運命かな?」  なんだ? ヤバイ雰囲気になってきたぞ。 「おじはー、ウチのダーリンになる気はない?」 「ちょっとプリティカさん! いくらなんでも、抜け駆けはよろしくありませんわ」  皿洗いをしていたデボラが、プリティカに食ってかかる。 「デボラちゃんの、お邪魔はしないよー。ちょっと借りるだけー」 「まあ、ふしだらな! そんな不純な行為、許せませんわ!」  ヌヌヌ、と、デボラがエプロンの裾をたくしあげて噛みしめた。  こいつらもカレーのように、仲良く混ざり合ってくれたらいいのに。 (ダークエルフのギャルと魔王と、カレーライス おしまい)
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