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六日目 帰路
「いいですか、この町に着いたら必ず騎士団の詰め所に寄ってこの封書を渡してくださいね」
一度帰宅すると言って帰ったはずなのに、騎士団の隊服のまま再度現れたマリウスは、私にグイグイと封書を持たせた。
「分かったけど、これ何?」
「貴女を無事領地に届けるための書簡です」
「え?」
「おお、さすが武の一門」
見送ると言って仕事を休んだイーサンが頭の後ろで手を組みながら感心した。
「ちょ、ちょっと待ってマリウス、どういうこと!?」
「長い道のり、貴女に何かあってはいけませんから。こういう時こそ家名を使わずいつ使うんですか」
「そんなことしなくていいのよ!」
社交シーズンが終わり、領地への道のりは王都から領地へ帰る貴族たちの馬車で溢れかえるのだ。
そんな状態で何かあるとしたら、皆何かある。
「そ、それにその後ろの仰々しい馬車とかその強そうな方達は誰!?」
「僕の家の馬車と護衛たちです」
「それは分かってるわよ!」
馬車に家紋が入っているからね!?
「我が家で一番新しく乗り心地がいいものを用意しました。長い道のり、アメリアの身体が疲れないように中のクッションも入れ替えてあります」
「……ちょっと待って……」
「彼らは道中、着かず離れずアメリアをお守りします。あ、彼らの道すがらの宿などは気になさらないでください」
「そうじゃなくて!」
「それと、彼らは皆既婚者ですから心配いりません」
「何の心配!?」
横で聞いていたイーサンがゲラゲラとお腹を抱えて笑っている。
そうじゃない、そうじゃないのよ!
「こ、こんな田舎の男爵家の女なんて誰も何かしようと思わないわよ!」
「それは違います、アメリア」
マリウスは私の両手を取り、そっと持ち上げ真剣な眼差しで私を見る。目の下のクマがひどい。
「貴女は僕の大切な女性です。それがどういうことか分かりますか?」
「ど、どういう……?」
「僕はこの国有数の伯爵家の三男です。僕の婚約者に娘を当てがおうとする貴族たちは沢山います」
「そ、そうね」
「僕に大切な人ができたと知れば、誰が何をするか分からない」
「ちょっと、怖いこと言わないで!」
「ですから、ちゃんと両親と兄たちに僕の大切な女性を守りたいと話をしたら、このように手厚く護衛を手配してくれました」
「は、話した!?」
「はい。家族はみんな喜んでくれました」
「おお、囲い込みだな、アメリア」
イーサンが笑いの残る顔でヘラヘラとそんなことを言う。うるさいわね! ちょっと黙ってて!
「わ、私」
「嫌ですか?」
「そうじゃないわ!」
「よかった」
マリウスは真剣な顔からふにゃりと相貌を崩すと、取っていた私の手に口付けを落とした。
「僕は初めて、我が家が高位貴族で良かったと思いました」
「ねえ、その台詞怖い」
「貴女には何も迷惑はかけません」
「でも」
「アメリア」
マリウスは私の手を取ったまま、馬車へとエスコートしてくれる。促されるまま馬車に乗り込むけれど、気になる事が多すぎて何から聞けばいいのか分からない!
「貴女は貴女のままで。何かを諦めたり手放したり、そんな必要はありません」
「……マリウス」
「名残惜しいですが、これ以上遅くなると次の町に到着するのが夜になってしまう」
マリウスは馬車の中に身を乗り出し、外から見えないように唇にそっと口付けを落とした。
「……心配しないでくださいアメリア、すぐに追いかけます」
「え?」
マリウスはにっこりと美しく(目の下のクマは酷いけれど)笑うと、扉を閉めた。
窓を開けて外を見ると、マリウスの後ろでイーサンとハウスメイド、料理人も見送りに出てきてくれている。
「みんな、ありがとう。また来るわね!」
「気を付けてな〜」
「お気を付けて、いつでもお待ちしてます!」
イーサンたちがひらひらと手を振る。
マリウスはもう一度窓から私の手を取り、指先に口付けを落とした。
「マリウス、色々……ありがとう」
「いいえ。お気を付けて」
「マリウス」
「はい」
名前を呼ぶとふにゃりと笑う。
私はこの笑顔がとても好きだ。
たった五日間、一緒に過ごしただけの彼にこんなにも絆され心惹かれるなんて。
「マリウス……とにかくちゃんと寝てちょうだい」
「……っ、はい、そうします」
何故か嬉しそうに目元を赤く染めてマリウスが馬車の車体を叩くと、御者が掛け声をかけ馬に鞭打った。ゆっくりと前進を始めた馬車の窓から顔を出す。
「イーサン。ちゃんと手紙を書きなさいよ!」
「分かってる~! 親父たちによろしくな!」
車内で振り返り、後ろの窓から見送る人々にいつまでも手を振る。
マリウスが微動だにせず、ただじっと私を見つめていた。
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