六日目 帰路

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 マリウスの用意してくれた馬車は本当に快適だった。  往路では痛くなった腰も最後まで平気だったし、何より広くて一人で使うのが勿体無いくらい。  時折馬車の外で何か聞こえたけれど、その度にマリウスの付けてくれた護衛の人がカーテンを下すように言うので私は何も見ていない。  世の中、知らない方がいいことがあるのを、私は大人なので知っている。    そうしてやっと領地に着き、さてどうやって両親にこの馬車と護衛の説明をしようかと考えていると、あっという間に家に到着した。  門を潜り玄関前に横付けされて、何だかやっぱり仰々しく感じながら馬車を降りると、ニコニコと笑顔の両親や家令、商人のみんなが迎えてくれた。 「……? あ、あの、ただいま……?」 「おかえりアメリア!」  お母様がギュッと抱き締めてくれる。  でも何かしら、何だかみんな同じ笑顔を貼り付けているみたいで違和感しかない。  しかもよく見ると、お母様もお父様もいつもの作業用の服ではなく何だか小綺麗な格好をしている。  お母様、そのネックレス何? 「あの、お土産をたくさん買ってきたわよ。イーサンから預かったものもあるの」 「そうか! それは楽しみだな」  そう言いながら、お父様はキョロキョロと周囲を見渡している。   「お父様? どうしたの?」 「え? いやホラ、マリウスくんはどうしたのかと思って」 「まりうす、くん」 「ほら! 手紙に書いてあったからな、一緒じゃないのか?」 「何の話?」 「ほらこれよ、アメリア」  そう言ってお母様から手渡された封書を見ると、それはこの道すがら何度も見てきた家印の押された箔押しの立派な封筒。  慌てて中身を確認する。 「……私、マリウス・ハインリヒ・フォン・ビューロウ=カイネルは…………アメリア・バーゼル嬢に、結婚、の申し込みを……お許しいただき……たく……?」 「アメリア、ついにいい相手を見つけたんだな!」 「良かったわねぇ!」  涙ぐむ両親に使用人たち。  何よ、泣くほどのことなの!? 「待って、何も決まってないって言うか別に結婚するとかそう言う話はしてないのよ!」 「いや、申し込みの手紙だろう!?」 「申し込む許可が欲しいって手紙よ!」 「許可するに決まってる!」  そう言って両親は手を取り合い良かった、良かったと涙ぐむ。やめて、まるで私が不良債権のようだわ! 「大体、私は仕事に生きるのよ! 王都の騎士団勤めの伯爵家三男の人がこんな田舎に来るわけがないし、私だって結婚して王都で暮らすなんて考えてないんだから!」 「何を言ってるアメリア! マリウスくんはもうこの領地の人間じゃないか!」 「……は?」 「ほら、これを見て私たちは彼が本気なんだと感心したのよ」  家令がいつにも増してニコニコと笑顔で新聞を手渡してきた。それは事件や事故以外にも住民の移動、店や役場の人事異動なども載っている所謂地方紙だ。  お母様に促され示されたページを捲ると、そこは人事異動のページ。 『【王立騎士団異動】――■転出:地方支部第七部隊隊長セドリック・ミラー 新任:王立騎士団第二部隊第一小隊副長マリウス・ビューロウ、地方支部着任、第七部隊隊長補佐昇進■退官:――』 「……え」 「マリウスくんは来月からこの地方一体の責任者じゃないか。転居先もこの領地にすると連絡があったぞ」 「れんらく」 「だからね、ちょうど開いているお屋敷があるからって子爵が紹介してくれたのよ。ほら、あの町の入口にある装飾の美しいお屋敷があるでしょう?」  そこは今通って来たところだ。街の入口に建つ装飾の美しいお屋敷の前に何台か馬車が止まり、荷物を運びこむ人々が行ったり来たりするのを見て、入居する人が決まったのかと少しがっかりしていた。  上の弟が結婚したら、家を出ていく先を底にしたいと密かに考えていたから。 「ちょっと馬を借りるわ!」 「え、ちょっとアメリア!?」  一緒についてきた護衛から奪うように馬を借りて飛び乗った。 「ごめんなさい、すぐそこに行くだけだから借りるわね!」 「ア、アメリア様!」  慌てる護衛に謝り、私は馬の腹を蹴りお気に入りのお屋敷へ向かった。
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