番外編 眠らない騎士

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番外編 眠らない騎士

「……好きじゃ、ないわ」  ――正直、彼女ならそう言うだろうと思っていた。素直に気持ちを教えてくれることはないだろうと。  でも。  そうじゃない言葉が欲しくて、みっともない声で名前を呼んだ。 「アメリア」 「好きじゃない。……どうも、思ってないわ」  分かっていても、その言葉は想像以上に心を打ちのめした。   「……分かりました」  それならば()のすることはひとつだ。  こんな事で、諦めるはずがない。  そんな泣き出しそうな顔で言われても、素直に受け止めるはずがない。 「……従者のようなことはしなくていいのよ」 「貴女にだけです、アメリア」  美しい足にピッタリの靴を履かせ、髪とドレスを整えて手を差し出す。 「ここは暗いですから。せめて回廊まで送らせて下さい」 「……ええ」    差し出した手に手を乗せた彼女は、俺の隣で無言のままゆっくりと庭を歩く。  庭から回廊に出て視線を合わせようとしない彼女を見下ろし、俺は騎士の礼を取りその場を離れた。  早く、動かねば。  ――彼女がいなくなる前に。  *  社交シーズンの終わり、五日間に渡り開催される王家主催の晩餐会。  この晩餐会には王都にいる貴族だけだけではなく地方からも多くの貴族が集まり、王都が人で溢れかえる。当然ながら王都の騎士団はその警備を担い、僕の在籍する隊は毎年、王城の警備を担当していた。 「マリウス!」    これから始まる晩餐会を前に、王城の一室で図面を広げながら隊員に指示を出しているところへ、上位騎士の正装姿で隊長が入室してきた。 「グライスナー隊長、お疲れ様です」 「お疲れさん。取り仕切り、頼んで悪かったな」    隊長は図面を覗き込み配置を確認すると満足気に頷いた。 「奥様はどうされたんですか?」 「ああ、今知り合いと話してる。久しぶりだからな、女性同士楽しそうにしてるよ」 「隊長が奥様を一人にするなんて何事かと思いました」 「昔からの知り合いも一緒だからいいんだよ」  隊員たちにそれぞれの位置に着くよう指示を出す。二人一組になり出ていく隊員たちを見送り、隊長に促され廊下に出た。  明るく彩られた王城の尖塔が見える庭を横目に回廊を進む。遠くから聞こえる音楽や人々の騒めきに、いよいよこの五日間が始まったのだと、自然とぐっと力が入る。  とにかく、この五日間は寝る暇もないほど忙しい。  人の出入りが多いということは、それだけ不穏な動きも増える。小競り合いひとつにも、いつもよりピリピリと神経を張り詰める。 「奥様の体調はいかがですか」 「ああ、予定日までもうすぐだから、最近は屋敷でのんびり過ごしてるよ」 「誕生まで楽しみですね」 「そうだな。三人目だし、カタリーナは慣れたもんだよ。女性ってやつは本当にすごい。俺は全然落ち着かないんだけどな」 「隊長もですか? 僕の義理の姉も先月四人目を出産しましたが、兄の方が何回経験してもおろおろすると笑われていました」 「ははっ! 本当そうなんだよ。俺たちは代われないからな。苦しそうにする姿を見ると、いつも歯痒い思いになる」  隊長はそう言うと、それでも笑みが零れるのか手で口許を覆った。  隊長は奥方を溺愛していることで有名だ。  そもそも、騎士団員は仕事柄だろうか、女性に対して気が多いと思われがちだが、僕の周りには妻を最愛、唯一として溺愛する人物が多い。兄たちもそうだし、同僚も、隊長もそうだ。現在三人目を妊娠中の奥方に対する心配ぶりは、最早執愛と言っても過言ではない。 「マリウスもそろそろ身を固めろって言われるだろう。この機会に見合いでもするのか?」 「まさか。僕は三男ですし、好きなようにさせてもらってるので」 「へえ。好きな人でもいるのか」 「いません」 「なんだ、即答か」  ははっと声を上げて笑うと、回廊の向こうに立つ一人の女性を見つけて隊長がぱっと破顔した。女性もこちらに気が付き、手を振っている。もう片方の手で大きくなったお腹を包み込む様に支え、美しい笑顔を見せている。隊長は女性を見つめたまま言葉を続けた。   「……お前も特別の女性を見つけられないクチか」 「え?」 「誰にも興味を持てないんだろう? 特別な人がいないんだ」 「……必要であれば、結婚はします」 「何言ってる。どんなに好意を寄せられても自分にとっての特別じゃなければ意味ないだろう。俺は、カタリーナに会うまで特別な人はいなかった」  アデル! と遠くから呼ぶ声に応え、隊長が片手を挙げる。 「お前もちゃんと出会えるさ。その時は、逃がすなよ」  グライスナー隊長はそう言うと、僕の背中をひとつ叩いて奥方の元へと駆けて行った。
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