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開場の時間となり、続々と貴族たちが王城を訪れ入場してくる。
高位貴族は入場時に名前を読み上げられる。名を聞いて、女性たちからため息や歓声が上がる者、ざわめきが起こる者、様々だ。だが、彼らは入場後も顔色ひとつ変えずに挨拶をして回っている。
そんな彼らの姿を見て、人々の噂やいらぬ勘繰り、好奇の目にさらされることに何の感情も持たないでいられる人物しか貴族社会を渡り歩けないのだなと、毎年思い知らされる。
入口を遠巻きに見やりながら会場を見渡し、部下から状況報告を聞く。
不審者の報告は殆どが王城の外のものだ。だが、入り込んでいる者がいないか、人の出入りが一番多いこの時間、気を抜くことは出来ない。
部下と二人で並び会場に視線を向けていると、時折知った顔の令嬢がこちらにチラチラと視線を投げてくる。口端を上げて笑顔を装えば満足気に去って行くが、こちらは勤務中だ。正直弁えてほしいところだが、そんなことを言えるはずもなく、あしらう方法を自然と身に着けた。
横でそんな様子を見ていたであろう部下が、小さな声で話し掛けて来た。
「ビューロウ副長は晩餐会にはいつご出席されるんですか？」
「明日の夜の舞踏会だけど、出来れば参加したくないんだよ」
「え、なぜです？ 副長も良いお相手を見つけた方がいいのでは？」
「必要ない」
そう言うと、部下二人はため息をついて互いの顔を見た。
「舞踏会なんかでなくても、副長は女性から人気ですもんねぇ」
「そんなことはないよ」
「女性からのアプローチが凄いじゃないですか！ その中にいい人はいないんですか？」
「いいから。勤務に集中しろ」
「は、すみません」
伯爵家の人間として生まれ、二人の兄と共に鍛錬し騎士になった。
家門はこの国では上位であるし、自分がそんな恵まれた環境にあること、そしてこの顔が女性に好まれやすいということも十分に分かっている。貴族として婚姻がどれほど大事なのかも理解しているし、必要なら会ったこともないご令嬢と婚約することも厭わない。
だが、そんな繋がりに固執する必要がないほど家門は安泰で、両親、兄弟からも好きな女性と結婚するといいと言われている。
（好きな女性か……）
グライスラー隊長の言うような、特別な女性には出会ったことがない。
みな、同じような表情と同じようなドレスに化粧、甘い匂いを纏わせて僕に視線を投げてくる。少しでも言葉を交わせば、次は二人で会いたいと言う。話せば恋や愛の話にすり替わり、いつの間にか駆け引きが始まる。皆、伯爵家と繋がりを持ちたいのだろう。
（自分が女性に対して、そんな気持ちになれるとはとても思えない）
許されるのならば、僕はこのまま独身でもいいと思っている。自分が執着するほどの愛を誰かに向けられるとはとても思えないからだ。
好きなことをしたらいいし、やりたいことをやればいい。僕はそんな生き方を尊重するし、人として素晴らしいことだと思っている。
そう言うと、無関心だ、冷めていると泣かれ、責められる。相手の気持ちに寄り添っているつもりでも、どうやら相手には冷たく無関心のように感じるらしい。
もちろん結婚すれば大事にするし、他に目を向けるようなことはしない。大切にするし、愛じゃなくとも互いを尊重し絆を育み、仲良くすることもできるだろう。
（人の顔色を見るんじゃなく、もっと伸び伸びと生きる方がいいに決まってる）
恋愛の駆け引きなんて面倒だ。
いつまでも結婚を持ち出されるなら、見合いでもなんでもいいと思っているが、恋愛至上主義の家族はそれを許さない。
明日の舞踏会も正直面倒でしかないが、仕方ない。
はあ、と小さくため息を溢すと、不意に会場の空気が変わった。
パッと顔を上げ周囲を確認する。
会場の様子は変わりないが、確かに会場の雰囲気が揺れている。
（なんだ？ 誰か来たのか？）
人々が送る視線の先を辿るように視線を走らせれば、やがて一人の女性に辿り着いた。
一人、正面から入場してきた女性。
名前を呼ばれることなく入場したその女性は、平均より背が高くそれだけでも目立っている。
何より、多くの令嬢が身に纏っているボリュームのあるスカートや肩が大きく出ているデザインとは正反対の、手首と首元まで覆われた濃紺のレース、そして腕に掛けている長いフリンジのついた繊細な黄金色のストールを身に纏い歩くその様は、高貴で近寄り難い雰囲気を放っていた。
複雑に結い上げた艶やかな栗色の髪に黄金のチェーンが美しく揺れ、青みの強い灰色の瞳に長いまつ毛が影を落としている。口元は美しく弧を描き、自分を見る人々を見渡すようにゆったりと視線を動かした。
（……星空を纏っているみたいだ）
濃紺のレースは彼女が動くたびにキラキラと光を跳ね返す。ドレスに疎い僕でも、上質なものを身につけているのが分かるほど、シンプルなのに美しい。
周囲の人々は彼女の異質な、それでいて堂々たる姿に好奇の目と羨望の眼差しを向け遠巻きに見ているだけだ。
「どこのご令嬢でしょうか」
同じように彼女の姿を見ていた部下がぽつりと声を漏らした。
「……地方の貴族だろうね。名を呼ばれていないから分からないけど」
「すごく美人ですね。なんだか分からないけど、迫力があるって言うか……見惚れてる奴らもいる」
その言葉に、胸の内にちりっと何かが疼いた。ざわざわと不穏なもやがゆっくりと広がる感覚。
何か分からないが、居ても立っても居られない、焦燥感にも似た落ち着かなさ。
早く、早く彼女に声を掛けないと。
――なぜ？
彼女を遠巻きに見ていた貴族の中から一人、ご婦人が声を掛けた。
仕草から、どうやら彼女の身に纏っているドレスに興味があるらしい。彼女はそれに笑顔で応え、嬉しそうに会話を始めた。
「二人とも、このままここで待機していてくれ。僕は周囲を確認してくる」
「分かりました」
彼女の姿を視界に捉えながら、僕はホールを囲む回廊をゆっくりと歩く。
何故だか彼女が気になって仕方ない。何か怪しい点がある訳ではないのに、どうしても目を離せない。
その理由が知りたくて、僕はずっと、彼女の姿を目で追い続けた。
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