番外編 眠らない騎士

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「ビューロウ副長、もう仮眠を取られたんですか?」  アメリアとコンサバトリーの前で別れ、騎士の待機室に戻ると部下に声を掛けられた。次の交代まで休憩をしている騎士たちがあちこちで談笑している。 「いや、まだだよ」 「大丈夫ですか? 次の交代まですぐですよ」 「大丈夫。ここに、貴族名鑑はなかったかな」 「貴族名鑑? あー、多分隊長の控室にあります」 「分かった、ありがとう」 「副長、二班の報告書です」  部下が手渡してきた巡回と警護の報告書を受け取り、さっと目を通す。今のところ大きな騒ぎはないようだ。   「コンサバトリーの巡回を三班に再編成するよう伝えてくれ」 「何かありましたか?」 「うん、男女がね、奥で睦み合ってる」 「ええ!?」  話を聞いていた騎士がぶはっと笑い声をあげた。 「なんですかそれ! 相当浮かれてんなぁ」 「入口の衛兵一人しかいないから、男女ならまだしもそうじゃないのが入り込んではまずい。見回りは増やしておいて」 「分かりました。三班に伝えます」 「うん、頼んだよ」    ――先ほどのアメリアの様子を思い出す。  彼女は男女の声がして思わず固まってしまった僕の腕をグイっと引っ張り、無言のまま来た道を慌てて戻った。  正直、あんな場面に出くわしてしまって、アメリアは怒って帰るのではないかと思っていた。あんなの、僕だってどうフォローしたらいいのか分からない。  僕が何かしたわけでもないのにとんでもなく居た堪れなくて、どうしたものか考えているとアメリアが顔を逸らし肩を震わせた。 「あ、アメリア嬢?」  泣いているのか、怒りで震えているのか。どちらにせよ、あんなものを聞いて女性がどんな反応をするのか僕にはさっぱり分からなかった。  ところが彼女は、思ってもいなかった反応を見せた。  目に涙をため、笑っていたのだ。 「ご、ごめん、なさ……っ、ふっ、ふふっ! だ、だって、お、おかしくて……」 「おかしいって……」 「だって、き、気まずすぎるわっ! 何かしらこの状況……っ」 「確かに気まずいですけど」  そうだ、こんな夜にあんな場所で、一体何を盛り上がって致しているのか。  僕たちはただ植物を愛でに来ただけだと言うのに、知らない男女が勝手に盛り上がっている声を聞かされて、滑稽以外の何物でもない。  そう思うとじわじわと笑いがこみ上げてきて、つい吹き出してしまった。するとアメリアが僕の腕をぱしんと叩く。 「もう! 笑わせないで!」 「僕のせいじゃないですよ! 気まずいって言うから……!」  声を上げて笑うアメリアにつられて僕も笑いが漏れてくる。互いの顔を見て目が合い、そしてまた笑い合う。 「とんでもない場面に出くわしちゃったわ」 「すみません」 「ビューロウ卿のせいではないわよ! なんかもう色々楽しかったわ」 「楽しいって……」  そんな感想あるだろうか!  とても楽しかったと笑顔で僕を見上げるアメリアは、本当に可笑しそうで、楽しそうだった。大きく口を開けて笑う姿も、踵のなくなった靴で走るのも、彼女ののびのびとした人柄そのままのようで。  僕はそんな彼女を見て、女性に対する心のこわばりが取れていくような感じがした。    自由に、自分らしく。  そう振舞うことを自然に促されたような気がして、彼女についてもっと知りたいと、このまま別れないようにするにはどうしたらいいのか自然と考えを巡らせていた。 「あの、こちらにはいつまでご滞在ですか」 「秋の晩餐会の間だけ。終わったら領地へ帰るわ」 「そうですか。……楽しんでくださいね」 「ありがとう。今夜ほど楽しいことはないと思うけど」 「アメリア嬢!」  その言葉にまた吹き出すと、アメリアもつられて身体を揺らし笑う。  ああ、どうやって次の約束を取り付けたらいいのだろう。自分から声を掛けるなんて、したことがないから分からない。 「本当よ、楽しかったわ。任務、頑張ってくださいね、ビューロウ卿」 「あの、ぜひマリウスと」 「……ありがとう、マリウス」  美しく笑うアメリアに、僕は騎士の礼を取った。   (きっとまたすぐに会える。明日の舞踏会で)  そうしたら必ず、彼女の姿を見つけて話をしよう。  彼女の手を取って二人で踊って美味しい食事をして、もっとたくさん話を聞かせてもらおう――。 「副長?」  部下に名前を呼ばれ、ふと我に返る。 「大丈夫ですか? やっぱり仮眠を取ったほうが……」 「いや、大丈夫。ちょっと考え事をしていただけだから」 「あ、隊長が先ほどお戻りになったので仮眠を取られていると思います」 「分かった」  アメリア・バーセル。――バーセル。  学園でも一緒だった同期の文官に、イーサン・バーセルがいる。全然似ていないが、もしかしたら血縁かもしれない。ということは、滞在先はバーセルのタウンハウスか。  貴族名鑑でアメリアについて少し知っておきたいって言うのは、ちょっとやり過ぎだろうか。でもこのまま、次に会うまで何もできないことがもどかしい。  交代までまだ時間がある。  どうしても、少しでもいい、アメリアについて知りたい。    ――せめて、彼女に少しだけ、近付きたい。    
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