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アメリアと出会ってから次の朝……つまり今朝、勤務を終えて騎士団の詰め所へ戻る際、偶然にもアメリアに会うことが出来た。
こんな仕組まれたような偶然、あるだろうか。
もちろんこれに飛びつかないわけがなく、少し強引だった自覚はあるが、美味しいものに目のない彼女を食事に誘い、共に朝食を取りながら今夜の舞踏会へのエスコートを申し出た。
僕の家名を聞いて考える様子だったが、それでも僕に対する彼女の態度は何も変わらなかった。
アメリアとの食事を終え、そのまま詰め所に戻って引き継ぎ業務を行い、急いで燕尾服に着替えて彼女の滞在するタウンハウスへ迎えに行った。
貴族名鑑で確認したが、やはりアメリアはイーサン・バーセルと血縁、姉弟だった。まさか学園で同期のイーサンと姉弟なんて、これも何の偶然だろう。
タウンハウスでアメリアを待っている間、それとなくイーサンに彼女のことを聞き出そうとしても、なんだか上手くいかない。どう聞こうとしても、なんだか怪しい気がして自然に話題にできないのだ。
そもそも何を聞けばいいのか? 急に興味を持っては怪しすぎないか?
……そわそわする。なんだか落ち着かない。
結局、イーサンとは世間話をするだけで、何ひとつアメリアのことを聞き出すことができなかった。
昨夜とは違う美しいドレスを身に纏ったアメリアを伴い会場へ行くと、やはり彼女は多くの人々の目を引いた。
仕事のつながりが持てるようにと知り合いに紹介すると、嬉しそうにレースや生地の話をする。商談まで取り付ける様子に、彼女がいかに仕事を大切にしているのかが伝わり、傍で見ていて気持ちがいいものだった。
夜の勤務に支障が出ないよう酒は飲まずに彼女と食事をし、先ほどタウンハウスへ送り届けたばかりだった。
「マリウスお前、寝てないのか?」
待機室で隊服に着替えていると、グライスナー隊長が呆れた顔でやってきた。
「問題ありません」
「さっきまで舞踏会に出席していたんだろ? お前が女性をエスコートしてたって、皆騒いでいたぞ」
「友人や知り合いを紹介する約束でしたので」
「ふうん?」
隊長はもの言いたげな表情でこちらを見る。その視線には目を合わせず、ベルトを締め剣を腰に佩いた。
「なんです?」
「そんな雰囲気じゃなかったけどな」
「見てたんですか?」
「当然」
にっこりと美しく笑う隊長の脇を通り抜け廊下に出る。その後を追うようについてくる隊長は、楽しそうな声音で話しかけて来る。
「別に隠す事じゃないだろう。マリウスにも特別な女性が現れたってことなんだから」
「知り合いが少ないと言うから、王都に来ている間に色々手助けしているだけです」
「貴族名鑑で事前に調べていた奴が言う台詞かよ」
「なん……」
背後で隊長が笑う気配がしたが、振り返らない。
隊長室奥の寝室で眠っていると思ったのに、なんで知ってるんだ?
「美人なんだろ? 他の男たちも狙ってる」
「は?」
その言葉に思わず振り返ると、僕の顔を見て隊長はまたにっこりと美しく笑った。
もうすぐ壮年期に差し掛かろうというこの人は、大人の色気が漂うとかで未だに女性たちから人気だ。剣の実力や人望だけではなく、愛妻家であるところもまた、人気の理由のひとつだと言う。
「寝る間も惜しんで彼女と会う約束を取り付けてるんだろ?」
「そんなんじゃありません。大体、昨日会ったばかりですし」
「俺は出会って二回目でカタリーナにプロポーズしたけどな」
「……早いですね」
「誰かに横取りされたら嫌じゃないか」
「そう……ですけど」
そう。
彼女が他の誰かと踊る姿を見たくなくて、僕はずっと彼女の隣にいた。横取りなんて論外だ。
そんな自分に戸惑いつつも、でも十分分かっていた。ただ知るだけでは、もう満足できない。
――でも。
『……マーロウに会いたい……』
彼女は中庭で一人、そう零していた。
マーロウって誰だ?
婚約者はいないと言っていたけど、領地で待っている恋人がいるのだろうか。
「……グライスナー隊長。明日の任務なんですが、通しで休みをいただけませんか」
「通し?」
「この後は朝まで勤務して、休憩を挟み午後に戻る予定でしたが、そのまま休みをいただきたいんです」
「……ふうん」
隊長は少しだけ考えるそぶりを見せ、すぐににっこりと笑った。
「まあいいだろ。代替要員に自分で声を掛けておくんだな。決まったら知らせてくれ」
「はい。ありがとうございます」
勤務表を確認して時間の交代が可能な人物に声を掛けなければ。
僕は急いで、白い月が浮かぶ庭を横切り、騎士の待機室へと足を向けた。
*
同僚や部下に声をかけ、なんとか勤務を交代してもらった。その代わり、明日は一日通して勤務しなければならないが、苦には思わなかった。
それにしても、どうも彼女は僕のことを子ども扱いしているような気がする。少しでも大人っぽい格好じゃないと対等に話せない気がして、着る機会のなかったジャケットに腕を通した。
自分の着る服を選ぶのに、こんなに迷ったことはない。
アメリアは今日も変わらず美しい装いで、背の高い彼女にピッタリの上質なワンピースを身に纏っていた。今日はゆったりと下ろした豊かな髪が、彼女の寛いでいる気持ちを表しているようで嬉しくなる。
その事を素直に口にし美しさを伝えたいのに、彼女を前にするとどうしてもスムーズに出てこない。美しさを称える言葉も、上滑りするばかりだ。
「貴方も、とても素敵な装いね」
アメリアになんとか美しさを伝えるとそう返され、顔がカッと熱くなった。
(みっともない、子供じゃあるまいし)
アメリアのそんな言葉ひとつで簡単に恥ずかしくなる。彼女と釣り合いたいはずなのに、うまく立ち回れない。それでもアメリアの傍にいられるのなら、みっともなくても必死に縋るしかないのだ。
僕は、アメリアを手に入れたい。
心から彼女を欲している。
出会ったばかりで軽いと思われるだろうか。
年下の僕なんかを、男として見てくれるだろうか。
でも、
『誰かに横取りされたら嫌じゃないか』
そう、そんなのは耐えられない。
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