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ついさっきまで裸で抱き合っていた私達だけど、別に恋人同士という訳ではない。
中学時代からの腐れ縁の友達。
仲は良かったけれど、そういう関係じゃなかった。同じ部屋で二人きりで過ごしていても、何も起きない。
そんな友人関係にセックスが割って入ってきたのは、二十歳そこそこの頃だ。壱己が求めて、私が応じた。それ以来、時々離れることはあったものの、ずるずる関係が続いている。
一応暗黙の了解はあって、どちらかに恋人がいる時はセックスはしない。けれど、私に恋人がいる時期なんて無いも同然だったし、壱己の恋愛はいつも短命で、保って三ヶ月。ちょっと疎遠になりがちな恋人同士とそう変わらない頻度で、私達は体を重ねていた。
けれどそれは恋人達がする愛情確認の行為とは、質が違う。日々溜まっていく他愛ない鬱憤を解消するための行為。単なる憂さ晴らしだ。
私達はそれぞれの日常に、取るに足らない不満や退屈や厭世を抱え、身体の奥に燻る浅ましい欲を持て余し、そんな野蛮な心の内を、薄っぺらい皮膚で包み隠して体を交える。心のどこかで、互いを侮りながら。
私は壱己の、壱己は私の、狡さや愚かさや脆弱なところを、嫌というほど知っている。知っているがゆえの気安さが私達の間には確かにあって、だからこそ、付かず離れずの関係を長く続けられている。
「またな、灯里」
玄関先まで見送って傘を渡すと、壱己はそれを受け取ってから私の頬にそっと触れて目を細める。
労わるような丁寧な手付き。名残惜しむようなその目は、どこか遠くにある懐かしいものに想いを馳せるようなあたたかさを孕んでいる。
だけど私はその目の奥にある感情を深追いすることなく、また目を逸らした。
「…いつまで経っても目ぇ合わせてくれないのな」
それだけ言って、壱己は軽く手を振って部屋から出て行った。
仕方ないでしょ。
一人玄関に残った私は、深く息を吐いて心の中で呟く。
そう、仕方ない。見つめ合う訳にはいかない。
夢を読む私は、一度その目の奥に見える夢の気配に気付いてしまったら最後、理性のコントロールが効かなくなる。もっと奥へと潜り込んで、夢が記された本を開く衝動を抑えられない。
じっと私を見つめる壱己に合わせて視線を交わせば、きっと彼の夢を盗み見てしまう。誰にも言えない秘密、心の奥に秘めた願望、見られたくない恥ずかしい思い出、普段は隠している弱さ。その全てを剥き出しに晒している、眠りの中の風景を。
そんなものを覗き見るのは許されない。
だから私は目を逸らす。壱己だけじゃない。他の誰からも。
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