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なるべく夢を読まないように。
話さないだけではなく、読まないように。
そんな努力を私が始めたのは、それがきっかけだった。
そうだ、簡単だ。
人の目を見ないように。
目を合わせないように。
話す時はなるべく俯いて。見つめ合うなんてもってのほか。
簡単なことだ。
友人や恋人、親しい相手は作らずに、食事会だの飲み会だの任意の付き合いは徹底して避ける。話しかけられたら視線を外し、無難な返事をしてやり過ごす。
地味で根暗で面白味の無い、他人から見れば三重苦を抱えた、私という人間はこうして出来上がった。
一生独りで生きていこうと、人生のかなり早い段階で決めていた。
誰かの特別になりたい、誰かと寄り添いたいと思う気持ちが、まったくない訳ではなかった。
けれど親しくなればなるほど、相手を好ましいと思えば思うほど──近付けば近付くほど──その人の夢をうっかり覗いてしまう確率が上がる。
私が見るのは、現実でも真実でもないただの夢。
でもそれが時にはその人の剥き出しの欲望だったり、誰にも知られたくない秘密や恥部だったりもする。
そんなものを見られて、いい気がする人はいない。私がそれを見ることが出来ると知ったら、どうせその人は必ず、私から離れていくだろう。だったら初めから、適切な距離を保っていればいい。
壱己との関係は、その典型だ。
流れでキスはしても見つめ合うことはせず、一緒に眠ることはないし、同じ部屋で朝は迎えない。夜の暗闇に紛れてセックスはしても、晴れた空の下で健康的なデートはしない。
『友達』と名前を付けた便利な隠れ蓑の中に面倒なことを全部押し込んで、お互いの都合のいい距離感で、都合のいい関係を築いていた。
私はそれで充分だったし、壱己は壱己でたくさんの女の人と付き合っては別れを繰り返しているから、合間の空白を埋める為に私がいるのがちょうどいいと思っているんだろう。私の人間関係はその程度でいい。
それより重要なのは仕事だ。他人と関わることが少なく、一生独りで生きていける収入を確保出来る仕事に就く必要があった。
希望の仕事を見つけるのは大変だったけれど、何とかそこそこの規模の企業で、経理の職に就くことが出来た。この仕事なら、地道にキャリアを積んで資格でも取得すれば、そうそう職に困る事はないだろうと思った。
以来、可もなく不可もない一社員として勤務している。中学高校大学と同じ学校で十年間過ごした壱己が就職先まで一緒で、同じ会社の企画部に配属されたと知った時はさすがに驚いたけれど、粗めに設計した人生計画から大きく外れるような出来事はこれといってなかった。
極力、波風立てず目立たず。
激情は要らない。心踊るような出来事は起こらなくていい。誰かと優しさや慈しみを分かち合う事も、なくていい。
孤独は私に優しかった。ありのままでいていいと甘やかしてくれる、唯一の居場所だった。
そんな日々を積み上げて、私はあと数ヶ月で、二十八歳になろうとしていた。
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