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 月曜日の朝は一緒に出勤する羽目になった。  最初からそのつもりだったらしい壱己は、仕事着を週末早々にクリーニングに出していた。いつにない機嫌の良さで私の朝食まで勝手に準備して、一緒に会社に向かう。  「会社の人に見られたら何て言えばいいの…」  「邪魔すんなって言っとくよ」  壱己は並んで吊革に掴まる私に顔を寄せて笑い、腰を抱く。せめて別の車輌に移ろうと思っても、通勤ラッシュの鮨詰状態でそんな自由な動きは出来ない。  「けど真面目な話、小谷は勿論、他の奴にも変に絡まれたらすぐ俺に言えよ。ぶん殴ってやるから」  「本当にやりそうで怖い」  穏やかでない冗談だ。私と親しくなってからは喧嘩したなんて聞いたことなかったけれど、腕っぷしの強さは健在なんだろうか。  壱己がもっと衝撃的な話をするから忘れかけていたけれど、小谷さんとやらが今後また何か言いがかりをつけてこないとも限らない。  「…憂鬱だな」  「お前の人生で憂鬱じゃない日があったか?」  私の呟きを、壱己は即座に一蹴する。  「大丈夫だよ、灯里。お前は人生が瀕死状態の蛙並に悲惨で憂鬱でも、何とか耐えて生きていける女だ」  「何なの?これっきりになりたいの?」  「褒めてるんだよ。お前はもっと自分を誇っていい」  にっと笑った壱己は私の頭に手を置いて、頭のてっぺんにキスをする。私はすぐさま壱己の手をはたき落とした。満員電車の中で、私たちはどれだけ周りの見えない馬鹿な恋人達に見えているんだろう。憂鬱だ。月曜の朝から心底憂鬱だ。  深い溜息を吐く私の手から、壱己が通勤バッグを抜き取った。  代わりに持ってくれるのかな。  そう思って、そんなに重くないからいいよと伝えようとすると、壱己は空いた私の手を、ふわりと包み込むように握った。なんだ、手を繋ぎたかっただけか。  それから数日は、比較的平穏に過ごした。  壱己からは連日連絡が来る。付き合っている訳じゃないから別にそこまでしなくていいのに、残業で遅くなるから会えないとわざわざ報告してくる。こんなふうに彼氏みたいに振る舞われたら、その内私まで本当に恋人なのだと錯覚してしまいそうで怖い。私は流されやすいそうだし。それが壱己の策略だとわかっているから余計に怖い。  でも怖いなんて言ってる場合じゃないんだ。ちゃんと考えて、壱己に返事をしないと──、  「白崎さん」    ぼうっと考えごとをしているところに名前を呼ばれて、私ははっと我に返った。  「お昼ごはん食べないの?昼休みだいぶ過ぎてるよ」  益子さんが自分のデスクでお弁当をぱくつきながら、首を傾げる。目の前のPC画面で時間を確認すると、昼休み開始から二十分近く経っていた。  うっかりしていた。今朝は朝から壱己から電話があっていつものルーティンが崩れて、お弁当を用意出来なかった。外で済ませようと思っていたのにこの時間になってしまっては、慌ただしくなる。仕方なく、手短に済ませられる社員食堂に向かった。  昼休みの食堂は賑やかで、出遅れたせいかほとんど満席状態だった。  トレイを持ったまま空席を探している私を、明るい大きな声で呼びとめる人がいた。  「白崎さん、ここ空いてますよー!」  艶めいた唇を笑みの形にして私に向けて手を振るのは、(くだん)の、小谷さんだった。
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