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目を開けた時、私は壱己の膝を枕にして床に寝転んでいた。
天井の照明が眩しい。目を瞬かせる私の額に翳された手のひらが、光を遮る。
「見てる間は意識がないんだな。せいぜい二、三分てとこか」
壁の時計に目を遣って、壱己はゆっくりと私の額を撫でた。
「どんな夢を見てた?」
「…壱己が河原で釣りしてた。その横で私と柳原さんが諸山部長に七輪での魚の焼き方指南されてて、森の方で益子さんが野鳥を飼い慣らしてた」
それを聞いて壱己はふはっと笑った。
「そういや何日か前にそれっぽい夢見たな。諸山部長、釣りが趣味でさ。前に一回渓流釣りに付き合わされた。多分そこ。鳥は益子部長じゃなくて柳原だ。奥さんが文鳥貰ってきて飼い始めたって話聞いて。色々混ざってんな」
壱己の夢はどことなくコミカルで、想像とはかけ離れたほのぼの具合だった。
私もなんだか拍子抜けしてしまって、ゆるゆると可笑しさがこみ上げてくる。
「益子さんが鳥使いみたいになってたのが、ハマり過ぎてて…」
「あぁ、あの人動物の扱い上手そうに見えるよな。羊飼いとかも似合いそう」
ひとしきり二人で笑った後、壱己は穏やかな声で言った。
「…なぁ灯里。夢なんて大概そんなもんだよ」
額に触れる壱己の手は、ほのかに温かい。
「お前、よっぽど嫌な思いをしてきたんだな。見たくないものを見てきたんだろうよ。けどそんなのは全部、誰かの脳が適当に情報を組み合わせただけの勝手な仕事だ。そんなものの為にお前がつまらない思いをするのは損だろ。気にすんなって言ったって気になるだろうけどさ。たかが夢だって、見たって大した事じゃないって気楽に構えてろよ」
そんなふうに言えるのは、さっき見た夢がたまたま平和で他愛もない夢だったからだ。私が今まで見てきた夢の数々は、そんな生易しいものばかりじゃなかった。
頭の中で、意固地な私がそう囁く。
でもその裏側で、両肩に乗せていた重い荷物を半分下ろしたような気分にもなっていた。
「な。だから俺の夢はいくらでも見ていいから、目ぇ逸らすのやめて」
壱己は私の髪を指に絡め、真面目な顔で言う。
そういえば壱己には、目が合わないことをよく指摘されていた気がする。もしかして私が目を逸らす度に、少し傷付いていたりしたのだろうか。そうだとしたら数えきれない回数だ。胸の中に、もやもやと罪悪感が湧いてくる。
「うん…でもやっぱり、いいって言われても私は嫌なの。例えばほら、人からスマホとか通帳渡されて全部見ていいよって言われても、見れなくない?見たら悪い気がしない?そういう感じなんだけど…」
「俺は見れるけど」
「絶対言うと思った。私は嫌なの」
「なら、どのくらいの時間と距離なら大丈夫なのか教えて。それ超えないように気を付けるから、お前もその範囲でちゃんと俺のこと見て」
「どのくらい…?正確に測ったことはないけど…何ていうのかな…虹彩と瞳孔がはっきり見分けられるくらい…?だから、暗いところだと割と大丈夫」
「何だ。じゃあ電気消してヤればいいだけか」
「絶対言うと思った…!」
今までひた隠しにしてきた自分の秘密について仔細に語るのは、不思議な気分だった。話すごとに、特異なものだと思っていたそれが、単なるひとつの特性に過ぎないという気がしてくる。
「…でも、壱己は面倒じゃないの?私が普通の子なら、こんな話し合いしなくて済むのに」
「別に。特殊な事情なんて何もなくても、誰かと密に関わろうとするなら話し合いはどうしたって要るだろ。習慣だとか価値観の違いだとかさ。擦り合わせてやってかなきゃ、上手くいくものもいかない」
「……なるほど」
そうかもしれないと納得したものの、私の中にはむず痒いような違和感が生まれる。
感心したような、置いていかれた焦りのような。
仰向けのまま見上げると、壱己の顎のラインがよく見える。鋭角的に描かれた顎から首にかけての線と、ごろんとした喉仏。私の頼りない首筋とは全然違って、なんだか、強そう。
上手く言えないけれど、壱己は私が思っている以上に、大人の男として成長していたのかもしれない。私だけが、いつまでも幼い頃の自分たちに囚われていたんだ。
なんとなく居た堪れない気持ちになって、壱己の腿の上で、ごろんと頭を転がした。ごつごつして固くて、枕としての使い心地はお世辞にもいいとは言えない。
でもどうしてか、このまま眠ったらいい夢を見られそう。そんな気分になる。
でも、まだ寝ちゃ駄目だ。
「…あのね壱己。もう一つ大事な話があるの」
私がむくりと起き上がって正座をすると、壱己も「うん」と答えて伸ばしていた脚を胡座の形にする。目が合っても大丈夫なように、という配慮だろうか。少し距離を置いて座り直した。
「…ただの夢では済まないのかもしれないの」
その話を切り出すのには、勢いと思いきりが必要だった。
話さない訳にはいかない。
他の人とは違う、あのひとの夢のことを。
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