夫婦連結法

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長澤巴は離婚を意識していた。夫との関係が悪化していたからだ。 ただ、その決断は簡単ではない。なぜなら夫婦連結法という法律が存在するからだ。 夫婦連結法は少子化対策として生まれた政策。結婚期間によって年金が変動するという仕組みだった。 これは結婚促進法とも呼ばれている。結婚生活が長ければ長いほど年金が増え、逆なら減る。これによって若年者の結婚を促し、早い内に子供を産ませ、将来の不安も解消するという目論みだった。 しかし、離婚をしてしまえば、その期間はリセットされることになる。年金を増額した状態でもらうには最低でも四十年は必要だった。 「なら、不倫しちゃえば。ばれさえしなきゃいいんだから」 昔からの友人である乾由梨がそう言う。ここはファミレスで、二人は昼食を取っていた。 「不倫なんて無理だよ、わたしには」 「でも、いまの関係を続けていくのは限界だと思ってる。違う?」 「まあ、そうなんだけど。相手だっていないし」 由梨はニヤリと笑みを浮かべた。 「奏真くん、覚えてるでしょ」 「うん、もちろん」 一色奏真は巴の元カレだった。高校時代に付き合っていたが、奏真が遠くの大学に進むことをきっかけに別れた。 そのまま向こうで就職したらしく、地元にずっといる巴はもう十年以上も会っていなかった。 「彼、こっちに転勤してきたらしいわよ」 「え、転勤?」 「そう。引っ越してきた直後みたいで、わたしもこの前聞いたばかりなの」 奏真とは巴は連絡すら取ってはいなかった。結婚をしたときに、奏真の連絡先はすべて消したからだ。 「今度、みんなで食事会とかどう?奏真くん、巴に会いたがってるみたいよ。結婚をしているから遠慮しているようだけど」 不倫。その結果の離婚。そうなれば打撃を受けるのは巴のほうだ。 夫である誠とは大学在学時に結婚した。増額された年金を早めにもらうためだ。この人と永遠に添い遂げるという確信はあったので、巴は働いたことは一度もなかった。 離婚すれば、その未来がバラバラに崩れてしまう。 十年以上を専業主婦のままで過ごしていて、バイトすらもまともにしたことはなかったので、いまさら働く気にもならなかった。 「だから、ばれなきゃいいのよ。なんなら奏真くんに乗り換えるとか?彼、かなりの大企業に勤めてるらしいのよね。年金を気にしなくてもいいくらいの収入があれば、連結法も気にしなくていいでしょ」 「奏真くんがわたしを好きだとは限らないでしょ」 「そういう言い方するってことは、可能性は否定してないのよね」 どうなのだろうと巴は自身に問いかける。夫との関係が破綻してから、たまに奏真のことを思い出すのは確かだった。あの頃は楽しかったな、と若かった日々を懐かしく思うことがある。 「それにしても、意外だよね。誠さんって優しそうに見えるけど、何かおかしくなったきっかけはあったの?」 その原因について、巴は思い当たるところはなくはなかったが、ここで口にすることは避けたかった。 「その様子だと、何かあるのね」 「……」 「ま、詳しくは聞かないけど、向こうはもうすでに浮気とかしてるかもね。その結果の今かもしれないし」 それはないように思う巴だった。誠からは別の女性の気配はしない。これは妙に確信できるのだ。
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