6人が本棚に入れています
本棚に追加
長澤巴は離婚を意識していた。夫との関係が悪化していたからだ。
ただ、その決断は簡単ではない。なぜなら夫婦連結法という法律が存在するからだ。
夫婦連結法は少子化対策として生まれた政策。結婚期間によって年金が変動するという仕組みだった。
これは結婚促進法とも呼ばれている。結婚生活が長ければ長いほど年金が増え、逆なら減る。これによって若年者の結婚を促し、早い内に子供を産ませ、将来の不安も解消するという目論みだった。
しかし、離婚をしてしまえば、その期間はリセットされることになる。年金を増額した状態でもらうには最低でも四十年は必要だった。
「なら、不倫しちゃえば。ばれさえしなきゃいいんだから」
昔からの友人である乾由梨がそう言う。ここはファミレスで、二人は昼食を取っていた。
「不倫なんて無理だよ、わたしには」
「でも、いまの関係を続けていくのは限界だと思ってる。違う?」
「まあ、そうなんだけど。相手だっていないし」
由梨はニヤリと笑みを浮かべた。
「奏真くん、覚えてるでしょ」
「うん、もちろん」
一色奏真は巴の元カレだった。高校時代に付き合っていたが、奏真が遠くの大学に進むことをきっかけに別れた。
そのまま向こうで就職したらしく、地元にずっといる巴はもう十年以上も会っていなかった。
「彼、こっちに転勤してきたらしいわよ」
「え、転勤?」
「そう。引っ越してきた直後みたいで、わたしもこの前聞いたばかりなの」
奏真とは巴は連絡すら取ってはいなかった。結婚をしたときに、奏真の連絡先はすべて消したからだ。
「今度、みんなで食事会とかどう?奏真くん、巴に会いたがってるみたいよ。結婚をしているから遠慮しているようだけど」
不倫。その結果の離婚。そうなれば打撃を受けるのは巴のほうだ。
夫である誠とは大学在学時に結婚した。増額された年金を早めにもらうためだ。この人と永遠に添い遂げるという確信はあったので、巴は働いたことは一度もなかった。
離婚すれば、その未来がバラバラに崩れてしまう。
十年以上を専業主婦のままで過ごしていて、バイトすらもまともにしたことはなかったので、いまさら働く気にもならなかった。
「だから、ばれなきゃいいのよ。なんなら奏真くんに乗り換えるとか?彼、かなりの大企業に勤めてるらしいのよね。年金を気にしなくてもいいくらいの収入があれば、連結法も気にしなくていいでしょ」
「奏真くんがわたしを好きだとは限らないでしょ」
「そういう言い方するってことは、可能性は否定してないのよね」
どうなのだろうと巴は自身に問いかける。夫との関係が破綻してから、たまに奏真のことを思い出すのは確かだった。あの頃は楽しかったな、と若かった日々を懐かしく思うことがある。
「それにしても、意外だよね。誠さんって優しそうに見えるけど、何かおかしくなったきっかけはあったの?」
その原因について、巴は思い当たるところはなくはなかったが、ここで口にすることは避けたかった。
「その様子だと、何かあるのね」
「……」
「ま、詳しくは聞かないけど、向こうはもうすでに浮気とかしてるかもね。その結果の今かもしれないし」
それはないように思う巴だった。誠からは別の女性の気配はしない。これは妙に確信できるのだ。
最初のコメントを投稿しよう!