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変な客
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この居酒屋は、いつ開店していつ閉店するのか、はたまた何曜日にやっていて何曜日に閉まっているのか分からない。いつやっているのかと訊かれれば店主は、「貴方がこの物語を手に取った時であれば何時でも空いています。手に取っていない時は頃合いを見て休むようにしていますよ」と答える。
正直、何を言っているのか分からない。酔いが回って思考がゾーンに入った作者でも分からなければ、今この文章を打っている素面の作者にも分からない。
そんな謎多き居酒屋には、時々変な客が来る。
「いらっしゃいませ」
ガラガラと引き戸が音を立て、店に命が吹き込まれる。入ってきたのは二足歩行の白い猫。細い目に垂れ下がった髭を見れば、別にわざわざ年齢確認しなくても成人…、的確な言葉が見つからないがとりあえずアルコールを提供しても問題無いだろう。
「いつもありがとうございます」
カウンターに座った、件の猫は常連である。実はこの猫、一言も喋らない(本当は喋る事ができるのだが「寡黙な方が格好良い」と思っているため喋らない)のだがどうしてか店主と気が合うのだ。
座って早速、品書きにプリントされた鶏唐揚げの写真を指差す。白くて短い毛並みは手触りが良さそうで、少し眺めてから店主は「かしこまりました」と答える。
「また火傷しないように気を付けて下さいね」
とりあえずこの猫は葡萄サワーしか飲まない、それが分かっている店主はすぐにサワーを用意し、猫の前に置く。そこだけ露点になって白くなったジョッキグラスの取っ手と、もう1か所を持ってぐびぐび飲み始める。葡萄の上品な味わいが、アルコールを強調させずほろ酔いに向かってアクセルを踏ませた。
温泉のそれとは違う、ポカポカした感覚が猫の身体の内側からじわじわ。満足そうに息を吐きだした所で、また引き戸がガラガラと音を立てる。
「1人ですけど、大丈夫ですか?」
「お好きな席にどうぞ」
女子大生くらいの女の子だろう、少女と言うには垢抜けていた。光の加減で所々茶色に見える長い髪、血色の良い唇に大きな瞳で綺麗な顔立ちをしている。彼女の目元が少し赤くなっているのは先程まで泣いた痕ではないか。酔っている様子でもないし、上機嫌な様子でもない。
悲しそうなお客さんは、猫と1つ席を空けて座った。
「ワインはお勧めできません」
「……」
店主の気遣いで出てきた一言の聞こえ所が悪かったのか、罰が悪そうに女の子は猫の方に目を逸らす。特性鰹出汁ベースのタレに漬け込んだ鶏もも肉の唐揚げを懸命に頬張り、フーフーしてまた頬張り、葡萄サワーを喉に流し込んでいる姿を見て少しだけ冷静になってしまう。
衣のパリパリという音、大粒の肉から溢れる肉汁さえ見れば、美味しいと分かる。
「やっぱり私、何かあったって顔してます?」
「ええ」
持っていた折り畳みミラーで、自分の顔を彼女は眺めた。
「泣いた痕残ってますね…」
「自棄で飲むのもよろしくありません、何があったかだけでもお話して頂ければ」
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