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数秒の熟考の末、客の女の子は話をし始める。
「私、大学生なんですけど写真のお仕事もしてたんです」
「写真…ですか」
「被写体?正直に言えばグラビアです」
「ほうほう、確かに綺麗な方ですしね」
言い方がオヤジ臭いなと思いきや、よくよく考えれば店主も年齢的にはオヤジと言われてもおかしくないくらいではあった。店主に向けられた猫の視線が冷たく感じるのも相まって歳をとった事が否応にも自覚させられてしまう。
グラビア、と聞いて無理矢理濃く味付けしたような華やかさをイメージしたが、客の彼女には全くそういうのを感じない。寧ろ普通の女の子だと言って良い。
それが、彼女が被写体であった理由なのだろう。
「それが、いきなり契約を切られたんです」
猫に料理と葡萄サワーを提供しながらも、店主は相槌を打って話を切らさない。
「いきなり?」
「はい、いきなりです。適当な理由を付けられました、私が詳細を求めても答えてもらっていません。」
表情や、品書きのラミネート加工された1枚を握る手。理不尽に何かを奪われた彼女の怒りは見る事も聞く事もできる、ただ猫の存在があったからか、泣き腫らす時のようにグラスを倒して感情があふれ出す事なく留まっている。
「何か、注文しますね」
「どうぞ」
ふと、1つ飛ばしで座っている猫が食べているものが何か気になった。白い猫がカレーうどんを音を立てずに行儀よく食べている。その間に挟まれて葡萄サワーを流し込む音とのギャップが面白くて、彼女の注文が決まってしまう。
「カレーうどん、良いですか?唐揚げとナンコツの串焼きも。」
「かしこまりました。」
カレーうどんが置いてある居酒屋は聞いた事がない。他のメニューは唐揚げや出汁巻き玉子、冷しゃぶサラダに牛スジのどて煮、等々と居酒屋ではよくあるメニューであった。
「驚く人はよくおられますが、最初にカレーうどんを頼まれるお客様は中々おられません。」
「人に自分のイメージを押し付けるのは良くない事です。」
「失礼、そうでしたね。」
時々自分自身に自分自身が投げてしまった言葉に「あっ」となるのも、会話の面白い所ではある。
可愛い女の子が来ても、猫は意に介さず食事と酒を続ける。一滴の飛沫も音もなくカレーうどんをすするのにはそれだけ集中力が要る事なのか、それともカレーうどんなんて意外性しかない料理が美味しいのか。どこかで後者であって欲しい。
客の女の子に視線を向けられた猫、ニコッとされると恥ずかしいのか猫は目を逸らしてカレーうどんの世界へと戻っていく。
手を合わせて、彼女もカレーうどんを食べる事にした。綺麗に割れた箸(実は開店前に店主が細工をして綺麗に割れやすくしている)を喜びながらも本番は美味しいかどうか。
冷えて白く汗をかき始めた葡萄サワーのグラスが"待て"の姿勢でいる横で、まずは一口。
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