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第1話 幼年期~少女へ
私はエリン。ただのエリン。
少なくとも、小さなころはそうだった。
親の居ない私はルトレックの旦那様に面倒を見てもらっていた。
まだ私が四つか五つのころ、ルトレックの旦那様とその子供、幼馴染のオーゼとルシアの兄妹と一緒に王都を訪れた。王都の神殿にはこの国を建てられた女神様がいらっしゃった。女神様を目にした私は悦びで気持ちがぐちゃぐちゃになり、何があったかあまり覚えていない。オーゼが言うには女神様が微笑んでくれたのだって。
◇◇◇◇◇
「あたしに魔法を撃ってみて」
幼いころの私はほんと、何を考えていたのかわからない……。だけど私はそんな願いをオーゼに何度も頼み込んだ。当時は真剣だったと思う。その想いをオーゼは拾ってくれた。オーゼは幼いながらに独学で魔術を学び、私が耐えられそうな魔法を探して実際に撃ってくれたのだ。そして――。
――オーゼの放った魔法は光となって弾け、霧散した。
オーゼが調べた限りでは、魔法に対する耐性が高いとこういう事があるのだそうだ。
オーゼは徐々に魔法に魔力を込め、そしてついに魔法が耐性の壁を越えた。
――私は嘔吐し、酷く気分が悪くなったのを今でも覚えている。
魔法は悪意を放っていた。幼い私の体では体を傷つける魔法では耐えきれないと考えたオーゼが悪意をぶつける魔法をしかけたのだ。魔法的な悪意に屈した私は酷く狼狽したが、そんな私をオーゼは優しく抱きしめ、癒してくれた。魔法は短時間で力を失ったが、完全な回復には丸三日かかった。
だが、癒された私はオーゼに再び同じお願いをしていた。その時私は言っていたと思う。
「あたしが勇者になるためには必要なことなの」
意を決したオーゼは再び同じように魔法を。だが、前回と同じ程度の魔力では壁は越えられなかった。さらにオーゼは魔力を込める。しかし、それでも壁は越えられない。さらなる魔力を込めたとき、今度はオーゼが倒れた。私はそんなオーゼを看病した。
オーゼは一晩眠ると朝には回復していた。
大事を取って一日経ってからオーゼは再び魔法を放つ。徐々に魔力を込め、ついに私の新たな壁を越えた。再び私は嘔吐し体調を崩したが、オーゼは同じように抱きしめ、癒してくれた。そして今度は一日で回復した。
そうやって、大人に隠れて何度も何度も同じことを繰り返した。
オーゼは頭がよく、最初の時を除けば寝込むようなことは無かった。
私はオーゼの魔法が壁を越える度に体調を崩したが、その回復までの時間も徐々に短くなっていった。
◇◇◇◇◇
「ルシアが加護を得たんだって!」
女神様に出会ってから五年。ある日、オーゼが魔法を放ちながらそう言った。
「うっ…………そ、そうなんだ」
その頃になると彼の魔法は私の壁を越えても、せいぜい立ち眩み程度の効果しか及ぼさなくなっていた。それでも私たちは修練を続けていた。
「すごいらしいよ。将来は国を守る魔術師になるかもって!」
ルシアもオーゼに倣って魔術の修練に精を出していた。
彼女の放つ火球は確かに大人でも太刀打ちできない威力ではあった。
一度、私に撃ってみて欲しいと言ってみたけれど当然拒否された。当たり前の事だ。
「オーゼはどうなの?」
私は彼の妹よりも彼自身のことに興味があった。
「それが…………秘密なんだけど、加護はあったんだ。でも父さんは話してはいけないって」
「そっか。でもきっとすごい加護なんだね」
私もいつか……いつかきっとあの女神様の勇者の加護を得るのだと信じて疑わなかった。どうしてそんな自信があったのか、今の私では想像もつかないけれど、当時は確かにそう考えていた。
オーゼとルシアが加護を得て間もなく、二人には王都への招待状が届いた。王都では今、巫女の予言により精鋭の戦士団を育成しているのだと言う。ルシアはまだ八つだったが、オーゼが面倒を見ると言うことで王都入りを父親から許可された。そして私も、きっと何かの導きがあるはずだとルトレックの旦那様は仰って、オーゼの侍女として共に王都へ赴かせてくれた。
◇◇◇◇◇
山間の閉じた土地が多いこの国の中では、王都は比較的開けた土地にあった。大きな川やどこまでも続くかのような丘を見て、幼いころに見たと思っていた幻は現実だったことを知る。王都を見渡せる小高い丘の上には国を守る軍隊の駐屯地があった。別のさらに高い丘の上には神殿が、またいくつかの低い丘の上には貴族たちの屋敷があった。
軍隊の駐屯地は複数の砦が組み合わさったような形をしていた。その砦のひとつに私たちの宿舎と訓練場があった。ルトレックの旦那様は地方領主でもあったため、大きくは無いが三人が生活できる部屋を用意して貰えた。
「精一杯の魔法を撃ってみたまえ!」
最初の日、迂闊な魔術教導群の教官は、加護持ちで試験など不要だったルシアにオーゼが止めるのも聞かずそう言った。おかげで修練場は辺り一面火の海と化し、木製の櫓は崩れ落ち、防壁の木製の通路も多くが使い物にならなくなった。オーゼが事前に退避経路を確保し誘導してくれなかったら死者も出ていたことだろう。
ルシアはまだ幼い。自分が引き起こした惨事を目の当たりにし、それ以降は訓練でもオーゼの傍を離れず、彼の指示しか聞かなくなった。
オーゼはと言うと、やはり加護持ちであることは伝わっていたのだろう。ルシアのこともあったため、特に試験など行うことなく精鋭育成のための二期生となることができた。
オーゼはまた、魔術よりもその優れた頭脳で教官や上級生を翻弄した。軍事修練にも用いる、盤上をノレンディルの土地に見立てた領地取りのゲームでいくつもの領地マスを手中に収め、勝利したのだ。おかげで教官を始め、一年先に修練を始めた一期生や生まれの良い二期生には睨まれたが、平民出の二期生からは喝さいを浴びた。
問題は私だった。このままでもオーゼの侍女としてここに居続けることはできるが、それでは王都までやってきた私の気が収まらない。私は二期生としての訓練の参加を申し出た。オーゼは言った――彼女には並大抵の魔法は効きません――と。
先日、オーゼの忠告を聞かなかった魔術教導群の教官はそれを聞いて頬を引きつらせ、犬歯を剥くように嫌らしく笑った――では私が試してやろう――と。彼は広場の中央に私を独りで立たせると、自信満々に『眠り』の魔法をかけてきた。一瞬、私の周囲の広い範囲に白い靄のようなものが立ちこめるも、私には何の影響もなかった。
再び教官は『錯乱』の魔法を放った。こちらも周囲の広い範囲へと、バチバチと数多くの閃光が瞬くが、私には何の影響もなかった。
意地になった教官は、あろうことか『麻痺』の魔法を叩きつけた。半刻もの間、体の自由を奪う厄介な魔法らしい。私の周辺にはパリパリと空気の乾いた音と共に悪臭が漂った。が、ただそれだけだった。何の影響もなく反応に困って立ち尽くす私に対し、教官は二度三度と魔法を叩きつけたが、何れも徒労に終わり遂に膝をついた。
私は問題なく二期生として迎え入れられることとなったが、この事件はそれだけに止まらなかった。所謂、状態異常と呼ばれる効果を齎す魔法の、効果が無かった場合の無力さを思い知らされた新人魔術師たちが、こぞって専攻を直接火力に訴える喚起魔術に切り替えたと言う。ルシアの加護が喚起魔術であったこともそれを後押しした。
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女主人公視点でじわじわプロローグに追いつきます。
主要キャラのネーミングは今回あまりこねくり回さず親しみやすくしました。
基本的に作者は設定好きなので、(小説以前の頃から)できるだけ設定先行にならないように気を付けています。謎用語についてもなんとなくわかってればおkで話が理解できるよう気を付けますが、余りに理解不能な場合は仰ってください。
次回『訓練兵』です。
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