第2話 訓練兵

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第2話 訓練兵

「兄さま兄さま、あたしと同じくらいの子が居たの」  ルシアが宿舎の私たちの部屋でそんな話をしていた。ルシアは修練場や講堂ではほとんど誰とも話をしなかったけれど、もともとはお喋りな女の子だ。当たり前だけれど、戦士の育成の場で彼女が楽しく話せるような話題はこれまでなかった。けれど、同じ二期生でも少し時期をずれて王都へ到着した新人の中に小さな女の子が居たらしい。 「そうか。よかったねルシア。小さな子なら魔術師かな」 「たぶんそう。私と同じように火の魔法を使ったの」 「ルシアは女神様の加護を得ているから同じようにはいかないかもしれない。だからその子が落ち込まないように守ってあげてね」 「わかりました兄さま」  ルシアは喚起魔術(エヴォケーション)の加護を得ている。  魔術の専門分野はよく円盤上を八等分したような図で示されると習った。ぐるり一周に1番から8番までの番号を振ると、ルシアの喚起魔術(エヴォケーション)は2番。大きなエネルギーを呼び出す魔術。ルシアはこのエネルギーを呼びだし攻撃に転じる魔術が得意なだけでなく、加護により通常ではありえない力を持っているのだそうだ。  ルシアの場合、2番に隣り合う1番と3番の魔術も得意。1番は防護魔術(アブジュレーション)で3番は召喚魔術(サモニング)。逆に円盤の反対側にある5から7番の魔術を苦手とする。それはそれぞれ変異魔術(ソーサリー)幻影魔術(イリュージョニー)付与魔術(エンチャントメント)となる。  ルシアは銀色の髪を揺らしながらオーゼのあとをトコトコとついて回る。まだ小さいから合う鎧下がなく、肉体的な訓練は免除されている。代わりに訓練兵のお仕着せ(タバード)を着て、腰のところで折り返して短くしていた。  ルシアの魔法はあまりに強力なため、試し撃ちする場所がなく、オーゼについて講堂で戦術を学んでいたが、それもまだ早すぎるため教官たちも扱いに困っていた。ただ、それは同い年の少女との出会いで変わった。  私も学んでいた魔術の訓練。その最初の多くは瞑想(メディテーション)初期儀式(イニシエーション)といった魔力を使うためのごく初歩から始まる。だけど、ルシアのような才能のある子供。例えばこの目の前の淡く柔らかな金髪の少女のように、最初から魔力を操れる子供もいる。その多くは貴族の子供だった。 「確かに凄いとは思うが危なっかしいな」  オーゼが言う通り、その少女は火球の魔法を詠唱(キャスト)するが詠唱に気を取られて狙いが定まらず、さらに飛距離と威力をコントロールできないでいた。 「そんなことはないよ、大丈夫だよ」  そう言ってルシアはオーゼの後ろから離れ、少女の元へ。  彼女がオーゼの後ろから離れるのは珍しく、周りの訓練兵の目を引いた。  ルシアは少女に小声で話しかけ、しばらく話し込む。  やがて少女は背筋を伸ばして再び的に向かって立つ。 「間違えてもいいんだよ。だって魔術は自由だもの」  あろうことか呪文の正確さをまず教わる魔術において、ルシアはそんなアドバイスをした。すると少女は射かけるように真っすぐに指先を伸ばすと、その先端から先程までとは違って槍のような鋭い輝きを放ち、見事、的に命中させ周囲十尺の内を焼いた。  これが加護の力なのだろうか。ルシアは喚起魔術(エヴォケーション)の本質と言うものを理解しているように見えた。この事件をきっかけにルシアはそのルハカと呼ばれた少女との絆を深めるだけでなく、多くの魔術師を指導し、尊敬を集めることとなったのである。   ◇◇◇◇◇ 「君は彼の侍女なんだってね。どうだい、僕につく気は無いか? 面倒な繋がりがあるなら金で解決してやる」  ――そう、私に話しかけてきた一期生が居た。彼は貴族の嫡男との噂だった。  貴族との関りは面倒事が多いと聞く。彼らは体面を気にするだけでなく、思わぬところで横の繋がりがあったりするから別の貴族から睨まれたり、領地にもめ事を持ち込む羽目に陥ったりも珍しくないとオーゼは言っていた。おまけに嫡男となると、私たち精鋭を率いて名を上げるつもりなのかもしれない。 「私はルトレック家には幼いころからお世話になっており、恩がございます。ですのでオーゼ()から離れるわけにはまいりません」  私は表向きはオーゼの事を敬称を付けて呼んでいた。世間的にはごく当たり前の事だったけれど、私もオーゼもこれがあまり好きでは無かった。 「それを金で解消してやろうと言うのだ。君は教官に膝をつかせるほどに優秀なんだってね。おまけに美しい金髪をしている。将来はきっと美人になるだろう」  そう言うとその貴族の息子は手を差し伸べてくる。 「私は美人よりも成りたいものがあります。それは――」 「エリンは侍女などではありません。それにいい加減隠すのも飽きてきました。彼女は私の恋人なのですよ」  私の言葉を遮ったオーゼの意外な言葉。  彼はその後、ごめんと謝ってきたが、私は少しだけ嬉しかったし、何よりあの貴族の息子の驚いた顔といったら! ただ――田舎者が――と吐き捨てて行ったのだけは気に入らなかった。追おうとする私を引き留め、腰を抱いてきたオーゼはそれまでと違って男らしく、頼もしく見えた。   ◇◇◇◇◇  オーゼはと言うとひたすら講堂での講義に加え、講義に関わった教官だけでなく、紹介された軍部の高官にまで教えを請いに行っていた。十かそこらの子供がと馬鹿にされたりもしたらしいが、時に食い下がり、時に高官の好む話題を仕入れ、何かと話を聞きに他の砦へ出入りしていた。  彼は魔術師としての修練はあまり積まなかった。魔力のほとんどは未だに私との個人的な訓練に費やしていた。この頃になると彼のいつもの呪文は、短縮どころか詠唱の省略、果ては予知詠唱(プレディクション)と呼ばれる、結果をあらかじめ見越しての詠唱(キャスト)まで行えるようになっていた。つまり、私の壁を越えられるか予め分かった上で魔力を込められるようになったのだ。  ――正直、魔術の初歩しか学んでいない私には理解が追い付かない。  彼のその真価は一年後、一期生と二期生、合同での野外模擬戦にて発揮されることとなった。模擬戦闘ではルシアの直接的な火力は強力過ぎるため当然のように使用を禁じられた。加えて二期生には各地で才能を認められて召集された若い魔術師が多い。彼らは着慣れぬ鎧下と胸当て、篭手、兜を身に着けさせられて、それらの点でも不利ではあった。  オーゼはその頃には二期生の貴族との付き合いも深めていた。指揮はあえて貴族に任せ、自身は作戦の立案と敵集団の動向支配(コントロール)に徹していたと言う。  私は当時、鎧を身に纏い、刃を潰した訓練用の剣と盾を持ち、敵の目標である二期生の旗の近くを守っていた。  一期生たちは事前に何らかの方法で掴んだ情報によりこちらの手薄なルートを突いたらしい。守りに徹すると見せかけて幻影で(デコイ)を立て、敢えて危険な谷あいを通過して不意を打ってきた。一期生の主力は私の目前まで迫って来ていた。しかしその集団はルシアの巨大な炎の壁で分断されてしまう。  手前の集団の半数以上はオーゼの『眠り』の魔法で倒れる。本来ならそう容易(たやす)く全員が全員、魔法にかかることは無いのだが、そこはオーゼ。予知詠唱(プレディクション)にて全員が掛かるよう魔力を込め、昏倒させてしまった。  数えるほどとなった敵集団に私と仲間は斬りかかる。  その間にも手隙なこちらの魔術師見習い(ノーヴィス)たちが慈悲の一撃(クー・ド・グラス)のキルマークを倒れた者に印していった。立っている者の中にはオーゼに対して一撃を加えようと魔法を放つ者も居たが、オーゼが作り出した障壁(フォースフィールド)はことごとくそれらを撥ねつけた。  障壁は本来、不可視の壁なのだそうだが、オーゼの作り出したそれはおそらく大きな魔力が込められていたのだろう。魔術師見習いたちを守るように巨大な渦巻く黒い靄の壁となっていた。  炎の壁が下りたとき、敵の半数は全員が倒されておりこちらは無傷。再びオーゼの『眠り』が放たれた後、戦意が残っている一期生はひとりとて居なかった。  結局のところ、一期生が事前に掴んだ情報はあえてこちらから流した情報であって、裏切り者も何故かオーゼは知っていた。加えてその裏切り者の口車に乗って谷あいの見張りを任せたのも彼の考えだったそうだ。  そうして二期生を勝利に導いたオーゼは、二期生だけでなく一期生の多く、そしてそれらを千里眼(クレアヴォヤンス)の魔法具で観戦していた三期生をも魅了した。  ――そうだ。あの頃の彼はこんなにも輝いていたのだ。 --  当て字の読み方は現地語や英語、フランス語や諸々混ざることがありますが、ポンコツ翻訳されてるとでも思ってください。ゲームのマニュアルとか、だいたいこんな感じのポンコツ用語だらけですし。魔法も雰囲気くらいに思っていただければ。  あと、祈りはともかく、魔術の詠唱は現地語では無い派なので詠唱を台詞で書いたりとかしません。そんなにカッコいいとも思えないので(個人的感想です)。ゴエゴエゴエ……と不快な音が響いてるとでも思っていてくださればw  次回『魔力』です。
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