一章 プロローグ

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一章 プロローグ

 ここはかつて竜が棲まい、そして今は神々の住まう地、ノレンディル。  地の下を竜が這いずりまわったかのように山々が連なる土地なのだが、地竜がこの地を山だらけの土地へ変えてしまう前に、神々が地竜を屠り、山で隔てられたいくつもの土地を民が住めるようにしたわけだ。    ――伝説?  いや、伝説などではない。  事実、神々は王都の神殿に御座(おは)すのだから。  幼い頃、オレの幼馴染などは女神サマに相対(あいたい)した感激のあまり、涙やら何やら色々漏らして大変だった。幼馴染の粗相に当時、保護者だったオレの父はたいそう顔を青くしていたらしい。  ――だが、そのとき女神サマが微笑んだのだ、幼馴染に向かって。  オレ、――オーゼ・ルトレック――は今でもあの時の女神サマの笑顔をハッキリと思い出せる。   ◇◇◇◇◇ 「女神様が微笑んだ? それマジですか団長殿! まーた俺を揶揄ってんじゃないでしょうね」  オレにそう言ってきたのは顎髭を蓄えた黒髪の(いか)つい男。何日も洗わないクセッ毛に、普段から着たままの板金と毛皮でできた鎧。とても精鋭を揃えた戦士団の副団長とは思えない身なり。ガネフはオレより八つは年上のクセに年下のガキのような男だった。 「ああ、本当だ。よく覚えてるよ。この世のものとは思えない美しさだった」  この国は“高潔の”戦女神ヴィーリヤが据えた。女神は普段、神殿に居る間は何もせず、彫像のように椅子に坐したままだ。それが平和の証であり、民の信仰、そして加護へと繋がっている。首を動かし、ましてや笑顔を向けるなど、神殿仕えの者でも見たことがないという。 「さすがは勇者様。ワタクシなどではとても及ばぬ経験をされておられるのですなあ」  ――などと(へりくだ)ってはいるが、こいつも最初は扱いに難儀したものだ。何しろ年下だったオレは舐められる。とにかく、押さえつけるまで手間がかかった。  ガネフはひと通りの報告を終えると、退出しようと鉄枠で補強された重い木の扉を引く。 「終わりましたか?」  ひょっこりと身を(かし)げて顔を覗かせたのは、編み上げた銀髪が美しい華奢な少女。身に纏うのは鎧ではなく、ましてや貴族の衣装などでもなく、平民が着飾ったような簡素ではあるがかわいらしい服。成人したばかりのオレの二つ下の妹、ルシアだった。 「ああこれはこれは閣下。お待たせいたしました。団長殿はしばらくお手隙ですよ」 「勝手に予定を空けるなガネフ」 「へいへい、失礼しやした」  そう言うとガネフは退出した。代わりにルシアがもう一人少女を伴って部屋に入る。少女は淡いクリーム色の長い金髪を先端でひとまとめにしてリボンで留めている。 「兄さま、お仕事ばかりは体に毒です。お茶にいたしましょう。ルハカもそうしろと」 「わたくしは別にそういう意味で言ったわけでは――」 「そう言いながらお茶請けを持ってきてるのは誰かしら?」 「こ、これは余り物ですので閣下にお出しするには失礼かと……」  ルシアと常に共にいる同い年のルハカはこの年で戦士団の副団長となった優秀な魔術師。ルシアが団長を務めている赤銅(バーレ)と呼ばれる戦士団は、魔術師を主体とした集団である。そしてルシアももちろん魔術師。この仲の良いコンビは戦力としても、団の癒しとしても高く評価されていた。 「いや、頂こうか」 「よかったね、ルハカ。作った甲斐があったね」 「もぉ!」  オレは二人のやり取りに微笑みかけ、机の上を片付けて書板と羊皮紙を櫃に仕舞う。  小魔法(キャントリップ)で水筒に湯を沸かし、ポットを用意する。 「兄さまの変異魔術(ソーサリー)は便利ですね。私も適正があればナァ」 「ルシアの召喚魔術(サモニング)でも湯は出せるだろう?」 「あれで淹れたお茶はおいしくありませんもの。兄さまの沸かしてくださったお湯で淹れたお茶がおいしいのです!」 「変わりはしないと思うぞ」  ふふ――と三人で笑いあう。 「そういえばまたそんな恰好をしていたのか」 「良いではありませんか。次いつ着られるか分かりませんもの」  本来なら砦に詰めている間はルシアも鎧か団のお仕着せ(タバード)を着るべきであったが、オレたちにとっては、こうしてゆっくりとしていられる時間は貴重だった。   ◇◇◇◇◇  オレの幼馴染、エリンは十年の時を経て勇者となった。  エリンは戦女神ヴィーリヤによく似た、金髪の美しい娘に育っていた。幼い日、女神サマの前で漏らした少女が、今では小さな土地を与えられ、名ばかりとは言え領主となり、多くの修練ののち高潔のヴィーリヤの勇者としての加護を得たのだ。  そして勇者となってから二年。オレと同い年の彼女は今では十七。オレと妹のルシアはエリンと共に魔王討伐の()()()()として、故郷を遠く離れ、魔王領へと遠征に出ていた。  勇者一行とはつまり、エリン、オレ、ルシア、そしてジルコワルという男の四人と、その配下として付けられた四つの精鋭の戦士団のことを差す。エリンを始めとしたオレたち四人は女神サマより強力な加護を与えられていた。つまり、決戦のために魔王の元へと勇者たち四人を命を賭して精鋭の戦士団が送り届けるって寸法だ。  幼い頃から常にオレと共に修行を行っていた彼女は、今ではこの勇者一行の中で実践的な戦闘訓練をジルコワルという年上の男と共に行っている。  ()()があったわけではない。  オレはエリンにあの男には気を突けるよう忠告していた。 『オーゼ、あなたもしかして嫉妬している?』  以前、彼女が見透すように放ってきた言葉の通り、それは嫉妬の感情だったのかもしれないし、一方で自分にこんな未熟な感情が未だにあったのかという驚きもあった。だが、オレはジルコワルという男が嫌いだった。  ジルコワルは魔王軍との最初の戦いで名高い戦績を残していた。領地を奪い返すことはできていないが、前線で攻め入る魔王軍を退かせたと言う。それそのものは何の問題も無い。ただ、部下に調べさせた限りでは、自国の領地に対しての扱いに不審な点があった。疑惑でしかないため追及はできない。少々のことであればその誉れで揉み消すことは容易(たやす)いだろう。   ◇◇◇◇◇  魔王。  それは二年ほど前、突如として隣国に現れた存在だった。  隣国は地母神の統べる強大な国であったが、我が国に魔王降臨の知らせが届くが早いか、たちまちのうちに隣国を飲み込み全てが魔王領となった。魔王領では多くの領主が魔王の軍門に下り、領民を従えて周辺の国に攻め入った。その中には魔王が生み出した化け物を従えた軍隊も居たそうだ。  戦女神ヴィーリヤの統べるこの国では魔王降臨のさらに六年前、女神に仕える巫女が神託を受け、国王陛下が若い戦士を育み備えることを指示した。それに倣った友好国も含め、いくつかの国々はなんとか魔王軍の進軍に耐えることができていたわけだ。  ただ、あまりに早い魔王の降臨と進軍であったため、国が育てた精鋭はまだ若い。そのためガネフのような古参の戦士や傭兵なども組み入れられた。  そして勇者。  勇者は魔王を葬り去ることができる唯一の存在であった。  エリンに託されたものはそれだけ大きかった。  ただオレは、そんな運命がいくらか馬鹿馬鹿しく思えたのかもしれない。  エリンはあの女神サマの微笑みを受けてからというもの、勇者への強い憧れを抱くようになった。その強い感情が彼女を勇者へと導いたのだろう。だがオレは、救国の英雄などではなく、エリンに純粋に彼女らしい幸せを求めてくれるよう、いつしか思うようになっていた。  そしてついに、あの強大な魔王を葬り去った日の六日後――――――。 「オーゼ・ルトレック白銀(ソワール)団長、あなたの任を解き、戦士団より追放いたします」  目の前の、戦女神によく似た彼女はそう言った。 --  私の異世界ファンタジーはどうもウケが悪いのですが、少しでもご興味があれば宜しくお願いいたします! 主人公は勇者エリンですが、各章プロローグは幼馴染のオーゼ視点を考えています。あと時々妹のルシア視点も混ぜる予定です。  要は追放した側の話となります。  上手く描けるかはわからぬい。
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