第10話 ごま油の香り

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「そりゃぁ、ハラペコさ。あんなに走ったからな」 と、ハル。 「じゃあ、駅前でラーメンを食べない?  安いけれど美味しいラーメン屋さんがあるんだ」 自宅に近い駅前は、ぼくのテリトリーだ。 幼い頃から家族で通っていたラーメン屋さんがある。 『ラーメンってなんですか?』 チルヒメさまの興味津々といった声が、聞こえてきた。 「食べてみますか?」 『ぜひ』 『チルヒメ、はしたない』 と、サクヤヒメさまが注意する声が聞こえた。 『でも、サクヤ姉さま。 昔から人たちが、神に供えてくれるのは米や鮮魚や昆布など、変わりません。 けれど、今を生きる人たちの食べ物は、違うものもあるようです。 わたくしたち神と人の距離が離れすぎないためにも、この時代の人たちの食べ物を知ることも大切だと思うのです』 『なるほど、それはそうかも』 ぼくたちは駅前の駐輪場に自転車を止めて、ラーメン屋さんに向かった。 白地に赤く〟来々軒〟と書かれたのれんの店。 のれんをくぐり、手動のガラス引き戸をガラガラと開ける。 「へい、らっしゃい」 と、調理場に立つ店主のおじさんから声がかかった。 「あったかい」 と、チリのホッとした声。 確かに、外の日没後の秋の空気は冷たかった。 ラーメン屋さんの店内の少し湿った暖かい空気は、心地よかった。
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