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案内された寝室を一目見るなり、アルドリックは眉を顰めた。
『これはまた、随分と質素な……失礼ながら、記念すべき二人の初夜に相応しいとはお世辞にも言い難い寝台……というか寝室ですね』
「そうかしら?……寝心地は悪くないのよ?」
元来アデリータは煌びやか、華やかな装飾品には縁も興味もなかった。寝台も広さこそ充分だったが、角材を組み合わせただけの無骨なそれは、アルドリックの美意識にはそぐわなかったようだった。
『少々、魔力を頂戴しても?』
アルドリックは小さく溜息を吐くと、アデリータに向き直り、くい、とその顎を持ち上げた。
「……ええ、それは構わないけれど」
『では、目を閉じて……できれば、こちらももっと良い雰囲気で迎えたかったのですが』
アデリータが言われるままに目を閉じると、二人の唇が重なり、触れ合った部分からゆっくりとアデリータの魔力がアルドリックに流れ込んでいった。──初めはただ優しく触れるだけだった口付けはやがて啄むようなものに変わり、時折アルドリックの舌がアデリータの唇を掠める。徐々に酩酊していくような感覚に、呼吸を求めてアデリータの唇が薄く開かれると、口内の粘膜をゆっくりとアルドリックの舌が擦る。アデリータが崩れ落ちてしまわないよう抱き寄せて、既に殆ど意識を失くしているアデリータの舌を絡め取り、深く、深く口付けると、アデリータの身体が完全に力を失ったと同時に魔力の塊がアルドリックの喉を滑り落ちた。
『……口付けだけでこの状態では、どのみちしばらくまともな『食事』にありつくのは無理そうですね』
完全に気を失ったアデリータを抱き上げて、苦笑いを浮かべるアルドリック。
『さて……』
アルドリックの紅の瞳が、炎を宿したような朱に光り──質素だった寝室が、絵画を塗り替えるように豪華なものへと変化していった。
床は艶のある紫檀に、天井と壁は黒漆喰に、柱と梁は黒檀で。
衝立で区切られた一角には黒大理石のタイルを敷き詰め、金彩の施された琺瑯のバスタブを。壁には精緻な装飾が施された金の燭台に、香油を練り込んだ蜜蝋の蠟燭を。窓枠と寝台は磨き上げられた黒檀に、寝台には優美な曲線を描くベルベットのカーテンを備えた天蓋を。上質の羊毛でできたマットレスの上には、水鳥の羽を詰め込んだ、雲に埋もれるような寝心地の絹の寝具を。
──そして最後に、腕の中で気を失ったままの仮初の恋人に、練絹のネグリジェを。
『差し当たっては、こんなところでしょうか……』
どうせ芝居をするならば、舞台もそれに相応しいものを。
『さて、目覚めたときの貴女の反応が楽しみですね?』
アルドリックは、腕の中のアデリータにそう囁いて。──その身体を、そっと造り上げたばかりの寝台へと横たえたのだった。
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