其は、開幕

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其は、開幕

「ん……」 生い茂る森の木々が遮る朝日の代わりに、鳥の声が一日の始まりを告げる。 『おはようございます。……よく眠れましたか?』 「アル……ド……?ここ、は……」 悪魔は普通、睡眠を必要としない。夜の間、何をするともなく寝台に腰掛けてアデリータの寝顔を眺めていたアルドリックは、アデリータの問いに悪戯っぽく笑った。 『これから二人の愛の巣となるべき場所、ですよ。お気に召していただけると良いのですが』 アルドリックの言葉に、アデリータは怪訝な顔をしながらも身を起こして部屋を見回した。 「ここを……貴方が?」 『貴女に頂いた魔力で、寝室を少々改装させていただいたのですよ。まだ魔力は充分に残っていますから、宜しければ他の部屋もぜひ我々の目眩(めくるめ)く甘い日々に相応しいものへと変えさせていただきたいのですが……ああ、勿論我々の装いも相応のものにしなければなりませんね?』 その言葉に、アデリータは苦笑いを浮かべて。 「ええ、どうぞ。貴方がそれを望むなら、私に拒む理由はないわ」 『それは何より……ではまず貴女が今日お召しになるドレスから仕立てましょうか。色は……魔女らしく黒か、貴女の瞳に合わせた緑か……他に何か、お好きな色はありますか?』 そうね、とアデリータは少しだけ考えて。 「血のような紅の宝石を(あしら)った闇夜のような漆黒のドレス……どうかしら?」 『ええ、ええ。実に素敵な提案ですね、では私は緑の宝石(いし)を指輪に付けることにしましょうか?そうですね、折角ですから、そちらの指輪だけは貴女にお願いしても?』 「ええ、とても素敵ね。じゃあ、手を出してちょうだい?」 アデリータの言葉に、アルドリックは迷わず左手を差し出した。そして。 『どの指に、などという野暮な問いは無しでお願いしますよ?』 ──そう言って、悪戯っぽく笑ったのだった。
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