其は、序曲

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其は、序曲

淫魔(アルプ)の「食事」──人間の精気は、魂が闇に染まるほど濃密で甘いものとなる。よって、魔女──それも高位の魔女ともなれば、その魂から溶け出した精気は極上の蜜も同然だった。加えて、「処女に一から快楽の味を仕込んでいく」という娯楽も、そうそう体験できるものではない。普通の人間ならば魂が耐えられず、快楽に溺れきる前に衰弱死してしまうからだ。──だが、相手が巨大な質量の魂を持つ魔女となれば話は別だ。 そういったわけで、アルドリックはこの「恋人ごっこ」を充分すぎる程に満喫していた。 『おや、お目覚めですか?私の子ウサギちゃん(可愛い人)?』 夜毎精気を吸われているというのに顔色一つ変わらないアデリナの頬にそっと触れて、その蜜の甘さを思い返す。未だ彼女の魂が「譲渡」されていないことを鑑みれば「心から愛して」いるわけではないのだろうが、それなりに情が移っているのは確かだった。 「ん……もう、朝、なのね」 『正確には昼、ですね。もう陽は中天を回っていますから』 ──魂は兎も角、魔女の肉体は普通の人間と殆ど変わらない。魔法で肉体の疲労を軽減することはできても、脳を灼く快楽を抑え込むことは──いや、それに抗うことはできないらしい。 『食事はどうしますか?……可能なら、魔力と体力の回復のためにもしっかり摂ることをお勧めしますが』 「……そうね、」 アデリナはアデリナで、昨夜の魂ごと溶けるような──実際に溶けているわけだが──快楽を思い返しているのだろう。身を起こしてはいるが、未だ焦点の定まらない瞳で自らの唇に手を触れていた。 「そうね、一昨日食べたサンドウィッチ……あれがいいわ。それから、何て言ったかしら……玉葱と卵のパイ……」 『キッシュですね、すぐに用意させましょう。……カッツェ(メイド長)、貴女はアデリナの着替えを』 アルドリックの言葉に、カッツェ(メイド長)と呼ばれた金眼のメイドが恭しく礼をした。 『今日は良い天気ですから、外で鳥の囀りを聞きながら……というのも悪くありませんね。如何でしょう?』 「ええ、とても素敵ね」 「……ではクレーエ(執事長)、私が東屋(ガゼボ)を造る間に食事の用意をさせなさい」 仰せのままに、と、艷やかな黒髪を撫で付けた「クレーエ(執事長)」が応える。 「では、私は二人の素敵な午後を彩る東屋を造って参ります。お(めか)しをして待っていて下さいね」 手をとって指先に口付けると、アデリナの唇が綻ぶ。ありがとうと微笑む彼女に、使うのは貴女の魔力ですがね、という言葉は飲み込んだ。
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