将軍家編

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いよいよ、使用人からの贈り物を渡す時間が来た。沢山の使用人が並ぶ、一番後ろに頭を垂れながら立つ。先頭には贈り物を持った玪玪。 被せられていた布を取り払うと、優美で美しい流水模様の刺繍が施された腰紐が姿を表した。喉になにかがつっかえたような気分になる。僕が静龍様に送ろうと思っていた腰紐にそっくりだったからだ。出来栄えは一目瞭然。贈られた物の方が優れている。比べても同じ型を使ったとは思わないだろう。けれど、あれは確かに僕が贈ろうと思っていた物だ。 使用されている布の色は違えど、真似をされたのだということは分かる。贈り物の内容を知っていたのは、玪玪だけ。つまり、玪玪が僕の作りかけの腰紐を奪い、案までも盗んだということだろうか。 段々と全身が冷えていく感覚がする。 「美しい刺繍だ。なぜこの模様を?」 冷えていく体温を感じていると、耳に穏やかな声音が入り込んできた。静龍様の問いかけに、玪玪が深くお辞儀をして返答する。 「古くから、流水模様には厄除けの効果があると言われています。若様がこれからも心穏やかに過ごしていけますように、という願いを込めこの模様を選びました」 「なるほど。心遣いに感謝する。使用人に褒美を」 静龍様の側仕えが腰紐を受け取ると、使用人は全員膝を床に着けて御礼をする。 「「感謝致します」」 「今後も、黎家のために精を尽くしてくれ。下がるといい」 再び礼をして、使用人は全員部屋を出た。 使用人に指示を出し終え、立ち去っていく玪玪の背を急いで追いかけると、呼び止める。僕の顔を見るなり眉を寄せた玪玪に、困り顔を向けてしまう。 「どうして……」 「なにがよ」 「どうして案を盗んだりしたの?あれは僕の案だった」 「……ああ。もしかして、このボロ布のことかしら」 懐から取りだし、胸へと押し付けてきた物を受け取り確認する。それは、必死に探していたはずの、作りかけの腰紐。 「これって……やっぱり玪玪が盗んでいたんだね……」 「違うわ。盗んだのではなく貴方を守ってあげたのよ。そんな刺繍とも呼べない物を静龍様にお渡しして、もしも旦那様や奥様に身につけていることを知られたらどうなると思う?」 「っ、でも……これには……」 僕と静龍様の思い出が詰まっているんだ。流水模様に厄除けの効果があるなんて知らなかった。でも、もっと価値のある思いが込められていんだよ。それを否定されてしまうことはとても悲しい。 「やめておきなさい、と何度も忠告したわよね」 諭すような声音に、胸が突き刺される。 わかっているんだ。でも、僕は馬鹿だから、愛した人と思いを交わしたいと願ってしまう。身分を超えた恋なんて夢物語だと自覚しているのに……。 「それでも、僕は静龍様のことが好きなんだ」 「破滅するわよ。燈蕾様を見たでしょう。あの方は、静龍様の許嫁なの。静龍様ご本人は否定しているけれど、旦那様や奥様は公認している。私は、あなたに夢から覚めるきっかけを与えたかった。だから案を盗んだのよ」 「……好きなんだ」 なにを言われても、愛してしまったんだ。静龍様の手を取ったあの日に、僕と静龍様の間に確かな繋がりが出来たのだと信じている。 「仔空。私も貴方も、所詮は使用人。どれだけ望もうとも、生まれ持った身分は変えられない。諦めることで楽になることもあるわ」 ほろりと、一つ涙が零れ落ちた。ぐちゃぐちゃの腰紐を胸に抱え込み俯く。玪玪はその場を静かに去っていき、僕は使用人仲間に促されるまでその場で涙を流し続けていた。
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