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馬に乗り込み、元来た道を進んでいく。屋敷に着けば、再び主人と使用人の関係に戻るのだ。それを寂しいと思う自身の心に、我慢しろと言い聞かせ続けた。
静龍様の誕辰は二週間後。
仕事をしながら、なにを贈ろうかと頭を悩ませる。毎年、沢山の有力貴族からも祝いの品が贈られてくるらしく、高価なものと言ってもそれらに勝てる自信はない。かといって僕は縫い物も得意ではないし……。
悩み込んでいると肩をトントンと叩かれて、驚きに肩を跳ねさせる。振り返れば、反応が面白かったのか楽しげに笑を零している静龍様の姿が目に入ってきた。
「驚かせてしまったか」
「あ、ぅ……大丈夫です」
「随分考え込んでいたようだけれど、悩み事でも?」
「違います!あ、えーと、最近少し気分が悪くて。休んでいただけです」
咄嗟に答えると、切れ長の瞳に心配の色が宿ったのがわかった。おでこに手を添え、もう片方の手を僕の額へとあてがった静龍様がほっと息を吐く。
「熱はないようだ」
「心配をかけてしまってごめんなさい」
「むしろ心配させて欲しい。俺の大切な情人(恋人)をすぐに助けてやりたいんだ。これは俺のわがままだから、謝る必要はない」
情人という言葉に鼓動が早くなる。嬉しくて、ふわふわと綿毛のように飛んでいってしまいそうな心境だ。おでこにあてがわれていた手が頬へと滑り、優しく撫でられる。一挙一動に翻弄され、甘やかに染まった声に心を掻き乱される。
恥ずかしくなり俯くと、静龍様が着ている華服を留めるための細めの腰紐が解れていることに気がついた。
「腰紐が……」
「ああ……。これは随分前から使っている物で、何度か他のものに替えようと思ったのだが結局これに落ち着いてしまうんだ」
「そうなのですね」
じっと、腰紐を見つめながら相槌を打つ。
「また遠出しよう。もっと仔空との時間を過ごしたい」
話しを変えるように静龍様に提案されて意識を引き戻す。
「はい。楽しみにしています」
僕の返事に一つ頷いて、静龍様は旦那様のお部屋へと向かわれてしまった。僕もまた掃除を再開し始める。
(頑張ってみようかな……)
玪玪なら縫い物が得意だから、きっと刺繍も上手なんだろうな。でも、嫌われているから教えてもらうことは出来ない。頑張ろう、ともう一度気合を入れて庭に溜まった落ち葉を掃いていく。
先程までは、なにを贈るかで頭を悩ませていたのに、今はどんな色や形にするかで脳内が埋め尽くされている。好きな人に贈るものを考えることがこんなにも楽しいことだなんて知らなかった。
「ふふっ」
思わず笑みを浮かべてしまう。心做しか箒を動かす手も軽快になり、鼻歌まで歌ってしまいそうになる。喜んで欲しいな。喜んでくれるかな。一人で一喜一憂して、はしゃいで、胸いっぱいに幸せを噛み締めた。
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