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用事の遣いついでに呉服店に寄り、腰紐に使えそうな布や刺繍糸などを手持ちの銭で揃え、休憩時間や夜等に少しず作り始めて、既に一週間が経っていた。
やっぱり刺繍はあまり上手くできなくて失敗ばかりだけれど、なんとか形にはなっている。あと数針縫えば完成するだろう。
「まだ寝ていなかったの?」
「もう寝るよ」
棚に作りかけの腰紐をしまい、寝台へと横になる。なにか言いたげにしていた玪玪だったけれど、僕が横になったのを確認してから、玪玪も横になった。
朝起きて、棚を確認すると置いていたはずの場所に腰紐がなくて焦る。たしかに寝る前に、ここに置いておいたはずだ。それなのに、針や刺繍糸すらなくなっている。
(盗まれた?)
一瞬頭をよぎった思考を慌てて振り払う。あれを盗んだって得する人はいないはずだし、誰にも腰紐のことを話した覚えはない。
「なにをしているの。仕事に行くわよ」
「……うん」
既に支度を終え、僕のことを呼びに来た玪玪に生返事を送る。腰紐の行方が気になるけれど、仕事に遅れたら仕置きをされてしまうから急がなければいけない。仕方なく、探すのは諦めて部屋を出た。
仕事をしながらも探してみたけれど、やはり見つからない。それに、気分が悪くて頭がぼんやりしてしまい仕事すら集中出来なかった。
結局、腰紐どころか、刺繍糸の欠片すら見つからないまま静龍様の誕辰祝いの日が来てしまった。お客様のおもてなしをするため、いつも部屋で養成しておられる旦那様や奥様も珍しく顔を出しておられる。静龍様は客人一人一人に挨拶回りをされていて、僕達使用人も雑用で大忙しだ。
「見て、燈蕾様よ」
使用人仲間に促されて視線を向ければ、淡い桃色の繊細な華服を纏った、美しい少女が屋敷へと入ってきている所が見えた。長く清らかな栗毛が日に照らされて輝いている。名家のご令嬢に間違いはないだろう。
「美しいご令嬢だね」
「燈蕾様はお美しいけれどご令嬢ではないのよ」
クスクスと笑われてしまい、間違えたことが少しだけ恥ずかしくなる。けれど、どこからどう見てもご子息には思えない。
「本当にご令嬢じゃないの?」
「燈蕾様は芳者なのよ」
「……そう、だったんだね」
芳者なら納得だ。男でも芳者なら、女と見間違える程の美しさを持つと言われているから。
静龍様と燈蕾様が並んで、楽しげに会話をしているのを見つめながら、ついお似合いだと思ってしまう。
静龍様の隣は僕の居場所なのだと、はっきり主張することが出来るのならどれだけいいだろう。
「そんなに見つめているのがばれたら不敬になるわよ。それに、仔空だって燈蕾様に負けないくらい美しいじゃない」
「僕が?」
「ええ。あっ、玪玪が来たわ。行きましょう」
玪玪の姿を見つけて、慌てて仕事に戻る。静龍様の隣に芳者である燈蕾様が居ることが、胸を酷くざわつかせるのに、お姿を見つめ続けることすら使用人の僕には許されないんだ。悲しくて、心が寂しい。
感情と比例するように、気分もどんどんと悪くなっていく。もうすぐ、使用人達から静龍様へ贈り物をする時間だ。なにを送るのかは当日になるまで、使用人頭しか知らない。つまり玪玪だけが知っているということだ。
グラグラと揺れる視界の中、あと一目だけでもお姿を見たくて微かに振り返ってみた。刹那、夜色が僕の姿を捕らえて鷲掴む。
体調が悪いのだと察したのか、心配げに表情を歪め、こちらへと歩いてこようとする静龍様。そんな彼に首を横に振り、来ないように伝える。来てしまえば、僕達の関係を怪しまれてしまう。使用人と関係を持っているなど、知られてしまえば静龍様の名に傷をつけてしまうかもしれない。
慌ててその場を離れると、息を整え直して仕事を再開する。なんだか踏んだり蹴ったりだ。贈り物を渡すことも出来ず、泣いてしまいそうな気持ちになった。
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