将軍家編

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誕辰の宴も終わり皆が寝静まった夜、作りかけの腰紐と刺繍糸と針を持って、こっそりと部屋から抜け出した。植木の縁に腰掛けて、高く昇った月を見つめながらため息を零す。火照った身体に夜風が心地よく、思わず目を細めた。 「一人でなにを?」 「静龍様……」 咄嗟に持っていた腰紐を背に隠す。 「今なにを隠した?」 「これは、その……あっ、駄目です」 あっさりと奪われてしまい、下手くそな刺繍を見られてしまった。まじまじと見つめられて、恥ずかしくなってくる。普段、高価な物を目にしている静龍様にはとてもみすぼらしく見えてしまうだろう。 「これは仔空が?」 「はい。まだ作りかけなのですが……」 「もしや、俺にか」 「っ、あ、それはその……」 「違うのか?まさか他に情人が……」 「違います!僕が好きなのは静龍様だけです」 思わず力強く否定してしまう。勘違いだけはされたくない。僕の剣幕に、静龍様が嬉しそうに微笑む。 「なら、俺のためということだ」 「……はい。でも、下手くそで……」 「どれ、かしてみろ」 手を差し出されて、持っていた針と糸を手渡すと静龍様が迷うことなく布へと針を刺す。あまりにも簡単そうに縫うものだから、感心してしまい覗き見る。でも、形作られている模様は模様とは呼べないものだった。もしかしたら僕よりも下手かもしれない。 「どうだ?」 「あ、えーと」 「ふっ、下手だろう。人には向き不向きがある。俺は武術なら誰にも負けない自信があるが、こういった細々としたことは苦手だ。だから気にするな。気持ちは伝わっている。それに見てみろ。この腰紐は俺と仔空の合作であり、唯一無二の物。どんな宝よりも貴重なものだ」 優しい言葉と、髪を撫でてくる手の感覚に涙が溢れてきそうになる。静龍様はいつだって心を救いあげて、温もりを与えてくれる。だから、僕はこの方を好きになった。 触れられていると、火照った身体が更に熱くなっていく。心做しか息も荒くなってきていて、ふわふわと身体が浮いたような感覚がしてきた。 静龍様の香りを感じていると、もっとその感覚は強くなってきて、身体の奥が疼くような心地を感じる。 「はっ、なにこれ……」 「様子がおかしいと思っていたが、やはり香期だったとは」 「香期……でも、僕っ……ん」 口を塞ぐように静龍様の唇が押し当てられる。なんだかいつもよりも余裕のない様子だ。 「段々と香りが溢れてくるな……。このままでは危ない。部屋に行こう」 静龍様に横向きに抱かれて、部屋へと連れていかれた。寝台に寝かされると、覆いかぶさられて激しいキスをされた。 どうしてこんなことになっているのかはわからないけれど、とても幸せな気持ちで胸がいっぱいで、なにも考えられなくなる。静龍様が欲しい。無意識にそう思う。 自ら舌を差し出し、快感を追いかける。首に腕を回し、角度を変えて何度も唾液を交換しあう。男らしい手が、衣装をはだけさせ、中へと潜り込んでくる。脇腹や腰を撫でられるだけで、全身がビクビクと反応を示し、乳首の突起に指先が触れた瞬間電流のような痺れが走った。 「ん、あぁ」 「仔空俺を見ろ」 目尻に口付けをされて、固く閉じていた瞳を恐る恐る開ける。目の前に色気を漂わせた静龍様の姿が現れて、顔が赤くなるのが自分でもわかった。頬を撫でられ、おでこや鼻先、顔の至る所に唇が触れる。 「お前が欲しい」 「僕も、静龍様のことが欲しいです」 はやく欲しいと急いてしまう心が胸を支配している。言葉には表しようもない疼き。これが本当に香期だとするなら、僕の性別は芳者だったということになる。普者として生きてきたから、芳者への知識は乏しいけれど、香期が尊者を誘うのだということだけは知っている。 静龍様の下半身が熱を持っているのが布越しに伝わってくる。僕の香りを感じて、反応してくれているというのなら、とても嬉しいと思った。 指の腹が乳首を優しくこね、時々爪先で刺激される。鎖骨や胸元に痕が残される度に、幸福感が胸を満たし、切ない気持ちも同時に心を支配した。 身分違いという言葉が頭を過ぎる。いいんだ……今だけは。なにも分からないふりをして、与えられる快感だけに意識を集中させてみる。そうすれば、愛だけが包み込んでくれるから。
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