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真夜中、ふと目が覚めて横を見ると穏やかな寝顔を浮かべている静龍様の顔が目の前にあって、胸が跳ねた。まだ微かに身体はだるいけれど、静龍様のおかげなのか、随分と楽になった気がする。
自分が芳者であることには驚いたけれど、もしかしたら僕にも静龍様の隣に立つ権利があるのではないかという期待が湧いてくるから、少しだけ嬉しいとも思う。薄く開いた唇にそっと口付けをして、起こさないように寝台を出た。
部屋を出ると、 星の見えない暗い空を見上げて息を吐きだす。真夏だというのに、どこか肌寒く、白いモヤがゆったりと空を舞う。舞い上がるモヤが一瞬龍の形を象ったように思えて、静龍様がどこかに去ってしまうような不安感を覚えた。
怖くなってモヤへと手を伸ばせば、一瞬で飛散し手元にはなにも残らない。握りしめた拳を無言のまま見つめる。
「こんな夜更けになにをしているの」
「玪玪……」
「静龍様の部屋ね」
横目で部屋の扉を見た玪玪がため息をこぼした。後ろめたさが胸を覆う。忠告は散々されてきたし、関係を持ってしまったことは良くないことだったとわかっている。それでも、一瞬でも愛する人と繋がりたいと願う気持ちを大事にしたかった。否定されたとしても、僕が誰を愛するかは自分で決めてもいいはずだから。
「やっぱり僕は静龍様のこと諦めきれないよ」
「静龍様に厚遇されているから勘違いしてしまったのね。高貴な人は私達を物のようにしか思っていないわ。そのうち簡単に棄てられてしまうかもしれない」
「静龍様はそんな人じゃないよ。玪玪だってわかっているはずでしょう」
「……そうね。あの方は本当にお優しく、情の深い方だわ。妓楼に売られそうになっていた私を助けてくださったのも静龍様だった。でも、それを運命だとは感じなかったわ。身分違いの恋など追いかけても、結局は諦めることになるとわかっていたからよ」
玪玪の言うことはよく理解できる。でも、僕は彼女とは違う。身分が低くても、愛する人と結ばれることはできるはずだ。そう信じたい。
「早く休むといいわ。きっと、明日から忙しくなるはずだから」
「……うん。おやすみ」
忙しくなる、という言葉引っかかったけれど、あえてなにも聞くことはせず部屋へと戻る。まだ微かに疼く身体を寝台へと横たえると、固く目を閉じた。
繋がった感覚が未だにはっきりと全身に残っている。幸せな時間だった。決して忘れられない思い出。
(静龍様愛しています。叶うことならずっと貴方のお傍に居させてください)
思いは募っていくばかり。
願いを頭の中で繰り返しながら、眠りについた。
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