まかみ

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 糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞(クソクソクソクソクソクソ)ッ!!!  不機嫌を(きわ)めて、近藤は不動堂村(ふどうどうむら)の屯所へ帰る。  腰の痛みよりも矜持を傷つけられ、京人の衆目(しゅうもく)(さら)されたことが、強い怒りを伴って全身を燃え上がらせた。  小雨の涼しさで、気持ちの(たかぶ)りを鎮火(ちんか)しようと試みるも、腹の虫の絶叫がおさまらない。  ようやく鴨川あたりに差し掛かったところで人影が動く。  ぐるりと近藤を取り囲むのは五人の刺客。 「新選組局長が、不用心極(ぶようじんきわ)まりないなあっ!」  みすぼらしい身なりで雨に刀身(とうしん)を濡らす彼奴等は、自分たちの勝利を確信して、高らかに(わら)う――それが、近藤の堪忍袋の緒(かんにんぶくろのお)を怒りで焼き切るとも知らずに。  刹那、近藤の大口が開いた。 「■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」  それは、ありとあらゆる負の感情が込められた黒い波動であり、鴨川の川音を打ち消すほどの殺意と気迫が、刺客たちの殺気を根こそぎ奪い取る。  自分たちが有利であるのに、臆病風に吹かれる()せない事態。  刀を持ち直し、思考を働かせようとしたところで、同志の一人が宙を飛ぶ。 「へ?」  思わず間抜けた声が出た。  なにが起こったのか分からずに、茫然としたところを大きな塊が飛び込んでくる。  一瞬、狼に飛び掛かられたのかと思った。  男が思考を停止したところで、自らの身体が宙を舞う。  柔術っ! いや、まさか。  男の認識は間違っていない。  新選組が剣客集団として名を馳せているがゆえの(あやま)り。  近藤を頂点とした新選組の試衛館(しえいかん)派は、天然理心流(てんねんりしんりゅう)であり、近藤は四代目 天然理心流 剣術の宗主(そうしゅ)だ。だが、その天然理心流は実戦を想定した流派であり、(つば)ぜり合いに負けて刀が飛び、無手(むて)となった状態を想定して、柔術も組み込んで併習(へいしゅう)することが(なら)いとなっていたのだ。 「■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」  近藤の咆哮が天を震わせて、刺客たちを薙ぎ倒し、鴨川へ突き落とし、巨大な手のひらが刺客の顔を鷲掴(わしづか)みにする。  みしみしと音を立てて骨が軋み、口から泡を吹く男を、近藤の怒りで燃える双眸が覗き込み、一向に収まらない怒りに奥歯をさらに噛みしめる。 「うっ……あ、ま、か……み」  刺客の男は、間近に迫る近藤勇の大口に、故郷に伝わる化生(けしょう)の存在を思い出し、恐怖で全身(ぜんしん)を震わせた。  大口真神(おおぐちまかみ)。農地を荒らす害獣を駆除する一方で、人を()らう凶暴な存在。時に人へと()りついて、(たたり)りを()すといわれている――自然界の条理(じょうり)と人間界の利益が、ニホンオオカミと結びついて生まれた一柱(ひとはしら)の神である。  なぜ人喰いの祟神(たたりがみ)を、人々はわざわざ怖れ敬うのか?  そのおかしさを、男は幼いころから()に落ちない心地でいたのだが、今日、命とひきかえに答えへと辿り着いた。  ふーっ、ふーっ、ふーっ!  荒い息を吐き、近藤は力任せに男の頭を地面に叩きつける。  グギッ!  首の骨が折れて、闇や意識を覆い始めた。  死を目前(もくぜん)にして、男に去来(きょらい)するのは安堵。  恐怖の震えが、やっと収まった(よろこ)びだった。  
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