寝室のおつきさま

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「そろそろ籍入れない?」  一年前、稔は突然そんなことを言った。  同棲して半年くらい経った頃。  夜ご飯のカレーうどんを食べている時で、あまりの唐突さに、鼻から麺が飛び出すかと思った。 「明後日休みだから、市役所に行かない?」  彼らしいプロポーズだった。  とても淡々と、とても現実的で、どこか飄々としている。  照れや甘い雰囲気も、ロマンチックさの欠片もない。  私は一応尋ねた。 「明日はいい夫婦の日だけど、明日じゃなくていいの?」  稔はキョトンとする。 「あ……そうか」  ……完全にそんな意図はなかったらしい。  あまりにも目を丸くするので、思わず噴き出してしまった。  そして、この人と結婚したいと思った。 「いいね。明後日、市役所に行こう」  そう答えて、私達は微笑み合い、またうどんを啜った。  この毎日を続けられるのならば、記念日なんて特別な日はなくたっていいと、そう思ったんだ。 ────「友達、元気だった?」  美由紀と香織とお茶をしたその夜。  寝室のダブルベッドに寝転んで、私は本を読んでいた。 「うん。相変わらずだった」 「そっか。よかったな」  何気ない会話をしながら、スマホの小さな灯りで本を照らす。 「何読んでるの?」  左隣に横たわる稔が私の本を覗き込んだ。 「恋愛小説。香織のおすすめ。本読むの久しぶりだけど、面白いよ。これからは読書を趣味にしようかな」 「そう」  稔は言った。 「それじゃ読みにくいだろ。電気つけといていいよ」 「だいじょーぶ」 「……そう?」  稔は仰向けになってスマホを弄り始めた。  ……一瞬だけ、言おうかと思った。  明後日、結婚記念日だよ。  結婚一周年。  それに明日はいい夫婦の日だよ。  だけどやっぱり言えなかった。  記念日だからどうということもないし、お祝いしろと催促するのも違う気がした。  きっと稔は、結婚記念日のことを忘れている。  忘れているどころか、そもそも記念日なんて概念がない。  少しだけ寂しく思いながら、それでも落胆はしなかった。  そういうところも含めて、彼を愛しているから。
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