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そのむかし、サンタクロースを一目見たくて、クリスマス・イヴがやってくるたびに掛け布団をあたままで被って寝たふりをした。敷き布団と掛け布団のあいだにすこしだけあけた隙間から真っ暗な子ども部屋を息苦しく見つめて、でも望んだことはなかなか起こらなくって、結局眠ってしまって、なにもわからないまま、そのくせ枕もとにはプレゼントがきちんと置かれている朝がくる。繰り返して、繰り返して、繰り返していたのに、小学校高学年にもなるとサンタクロースへの憧憬はもう薄くなり、はっきりと教えられたわけでもないのにいつの間にかサンタクロースの正体を知っていて、聖夜についての夢は積もらない雪よりも淡く滅びていった。
そのことを、木陰に身を潜めながらなんとなくおもいだしていた。街灯のもと、仄明るい公園のベンチに座ってただ話しているだけだった男女の喋り声が止み、ついに向かいあう。
「わわわ」
隣にいる瀬川がうんと小さいながら高揚しているのがわかる声を出す。塾から帰ろうと自転車を漕いでいたら、ひょこひょこと背伸びをしながら公園の様子を伺っている人影をみとめてゆっくりとブレーキをかけた。ローファー、黒っぽいハイソックス、プリーツスカート。じぶんの中学校の制服だと気づいたと同時に、スクールバッグについているフェルトのキーホルダーにAYAと記されているのが目に入って、学校でも塾でもクラスメイトの瀬川彩だとわかった。なにやってんだこいつ、とおもいつつさして話したことがなかったから声をかけるか迷っていると、不意に瀬川が振りむいた。瀬川は驚いた表情をしてから、しいっ、と口もとに人差し指をたてて公園のベンチのほうを示した。そうしていまに至る。
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