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気が付いたら、私は窮屈な座席に押し込められるように座っていた。ツンと鼻をつく、古い革の匂い。
「ここは……?」
ブロロロ……! と高く鳴り響くエンジン音。それに同調して細かく振動する椅子の座面。ここは飛行機のコクピット?
頭に当たりそうなほど低いガラスのフードから見上げる空は曇っていて、上空からはチラチラと何か光る物が一面に降っている。
あれは、雪? 何か大きさや形が不揃いな気もするが。だがそれらはゆっくり、下へ下へと降りていく。
その行き先を追って眼下に視線をやると、そこは広大な海だった。
「狭くてごめんね。何しろ艦載機だから小さく設計されているんだ」
前座席から飛んできた操縦桿を握る弾んだ声は、少年のようだった。
「あ、いえ……」
何だろう。どうして私はここにいる? 何かを頼んだ……いや、願ったような記憶が微かに残っている気もするが、思い出せない。
「もう少しだよ、お姉さん。ほら、そこに見えているのが僕らの船さ」
そう指で差し示す先に、一隻の船が浮かんでいる。……極端に狭い甲板に、円筒形のようなシルエット。あれは、潜水艦?
艦橋に『漆』と記された旗が掲げられている。
……『うるし』? どういう意味なんだろう。
「『お姉さん』だなんて気を遣ってくれてありがとう、君。でも私なんてあなたから見れば十分におばあちゃんよ」
一面に覆われた髪の雪色が物悲しげで、一ヶ月前からアクアマリンブルーに変えてみた。そうして少しでも気分が明るくなればと思ったのだが。それでも心の空洞を照らしてみると光と影の堺が強調され、かえって辛いこともある。
ブルル……。
乗ってきた飛行艇が潜水艦の近くに着水する。そして近くまで寄ったところで、潜水艦から伸びてきたアームからフックが降りてきた。
少年はフードを開けると外に出て、慣れた手付きでフックを飛行艇に引っ掛けていく。革のジャケットを羽織る姿は小柄で身が軽く、顔には古い防風ゴーグルを付けている。
「いいよー!」
少年の合図でフックが上昇し、飛行艇は潜水艦の上部にあるレールへと降ろされた。
「お姉さん、もう降りていいよ。ぼくはこの飛行艇を片付けておくから、先に中へ入っていてよ。おじいちゃんが待っている」
少年にお礼を言ってから、大きな筒の内側へと足を踏み入れていく。どうやらここがさっきの飛行艇を仕舞う格納庫らしい。
……このまま飛行艇を仕舞って潜水するのだろうか? 随分と変わった潜水艦だと思うのだが。すると。
「ようこそ。お待ちしておりました」
白い制服に身を包んだ、立派なひげを蓄えた老人が帽子をとって私に軽く頭を下げる。
「あの、ここは」
どう話をすればいいのか。
「ここは『時と記憶の海』です。ようこそ、わが潜水艦へ。さ、ブリッジへどうぞ」
老人が踵を返して歩き始めたので、慌てて付いていく。
「と、時と記憶の……」
私の問いかけに、老人はちらりとだけ背後を見やった。
「そう、『時と記憶の海』。現世において魂をもった者たちがその一生を終えてやってくる場所です。あの、雪みたいに降ってくるひとつ々が、皆そうしてここに辿り着くのですわ」
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