Ⅴ.奴隷騎士

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「この部屋に入るのを、お前に許した覚えはない」 「なッ、何を仰るのですか。ここは、正室の為の部屋のはずです。こんな奴隷風情が居座ることこそおかしいのです!」 「タキオン」  底冷えのするような声だった。部屋の中の空気が凍りつき、真っ赤な顔をしていた男の顔色は見る間に青ざめていく。それでも男は、何とか兄に話をしようと試みた。 「今日は皇宮の夜会に向かわれたはずではなかったのですか? そ、それにそのフィビュラは」  男は兄の肩を見て、体を震わせた。 「……お前を好きにさせすぎたようだ。主の留守を狙って入り込むとはな。今後は我が領地内に入ることを一切禁ずる」 「兄上!!」 「これ以上口出しをするなら、お前の領地への援助はおろか、命の保証もしない」  喚いていた男の口が止まった。  扉の外から入って来た屈強な騎士たちが男の両腕を捕らえ、部屋の外に連れていく。  ため息をついた将軍に、私は何と声をかけていいのかわからなかった。侍従がお茶が入りましたと言うので、私たちは黙って席に着く。茶を飲み始めたラギウスに向かって、浮かんだ疑念を口にした。 「夜会に行っていたのではなかったのか? 皇妹殿下に結婚の申し込みをすると聞いたが」  ごほっ! と目の前の男がむせて茶を吹き出した。思わず眉を寄せると、失礼と言いながら目を伏せる。侍従が素早く茶を入れ替え、妙な沈黙が落ちた。 「……誰から聞いた?」 「足の訓練にと少しだけ城内を散歩していたら、使用人たちが話していた」 「……」  ラギウスはあからさまに機嫌の悪い顔をする。こんな顔を見るのは珍しい。 「私は、この部屋が正室の使うものだとは知らなかった」  あの弟の言うことの大半はくだらないが、ひとつだけ正しいことがある。確かに、この部屋に私はふさわしくない。 「知らぬこととはいえ、すまなかった。部屋を変えてくれ。どんな部屋でもいい」  この城を出るのに、もう少しだけ準備がいる。だが、知ってしまった以上は、この部屋にいるわけにはいかない。 「……だめだ」 「は?」 「其方はそのまま、この部屋を使え。……ずっと、ここにいたのだから」 「いや、それがおかしいのだろう?」  そもそもこの部屋に運び込んだこと自体が間違っているのだ。眉を顰めたまま、目の前の男は黙って茶を飲んでいる。  続けて何と切り出したものかと思っていると、彼の肩に留めているフィビュラが目に入った。細い金で精巧に羽ばたく鳥が作りあげられ、足には美しい珠を掴んでいる。金細工そのものが素晴らしい宝飾品だが、珠の部分には、輝くような明るい青の宝石が嵌めこまれていた。 「そのフィビュラは美しいな。細工も素晴らしいが、特に蒼玉が見事だ」 「……お前の瞳と同じ色のものを探させた」 「えっ?」 「昔、和平条約を結ぶ大使と共に西方諸国を訪れたことがある。その時にリンツァで見た美しい青がずっと、忘れられなかった」  ラギウスは立ち上がった。まだ仕事があると言って、さっさと歩きだす。呆気に取られているうちに、部屋の扉が閉まった。  
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