花明かり

1/1
前へ
/55ページ
次へ

花明かり

 桜塚神社の鳥居をくぐり、 境内に歩いて行く昭。  境内に着き辺りを見回すと、 薄明かりの中本殿横にそびえ立つ 大きな桜の御神木。 その前には桜子が立っていた。    彼女の前にゆっくりと歩み寄る昭。  桜子は、近づいて来る昭に微笑む。  二人は、境内に設置されたベンチに、 無言で座った。  「桜子さん、久しぶりですね……」  「そうかな?」  「久しぶりというか、この前が随分前の ような感覚なのは俺だけなのかな?」  「昭君、大袈裟だよ。元気そうでなにより」     しばらくの間、互いに声をかけることも なくベンチに座り桜の木を見上げていた  二人。    「ねぇ、昭君……私、考えてみたんだ」  「何をですか?」    「私たちは、前世の記憶をもっている。  そして、前世の因果で出会った。  前世に起こった出来事、そして何故二人が  今、ここにいるのかも、すべて前世の記憶が  導き、教えてくれたと思う」  「そうですね。俺もずっと考えてました。  俺たちの未来について……   俺は、桜子さんが好きだと思う。  でも、それは、昭之助の桜姫に対する  強い想いがそうさせているのだと思います。  それは、きっと桜子さんも一緒なんだと」  「うん、私も昭君のことが好き。  でもそれは、桜姫としての記憶がそうさせているのがわかる。  昭之助に対する溢れる想いを堪えきれない  ように……」  「でも……現世に生きている俺たちは、  桜姫や昭之助の記憶を持つ者より先に  彼等の前世に関わりのある人の  生まれ変わりの者たちに出会ってしまった。  今、いやちがう、未来永劫、心から大切と 思える人に……」  「私たちの想いは一致したようだね」  桜子が微笑んだ。  桜子の言葉を聞いた昭は、ベンチから立ち上がると両手を広げた。  桜子は、満面の笑みを浮かべると昭の腕の中に飛び込んだ。 「桜子さん、後悔はしないですか?」 「後悔なんてないよ。昭君こそ大丈夫なの?」 「はい。もう心に決めてますから」   「わかった。あなたに巡り会えてよかった」 「俺も、あなたを見つけられてよかった」  「またいつか、私を探し出して……」  「もちろん、何度でも、あなたを 探し出します」  昭と桜子は、互いを力強く抱きしめた。  一面に咲き誇る桜が、闇夜の中でも  光をあてたかのように明るく見える……  その光景は、二人の心を表わすかのように 儚く、美しく、桜の花は咲き乱れる。  「夜なのに明るいね……」  「花明かりだ……あの夜のように、  桜の花が闇夜を照らしていますね……」    「いつかまた、桜の木の下で……」  「また生まれ変わったら、絶対に……」  「さようなら……昭之助」  「さようなら、姫」  二人が見つめ合うと、フワッと 互いの身体から力が抜けた感覚が……。  昭と桜子が夜空を見上げると、 風が吹き、一斉に桜の花びらが舞いあがると、 桜吹雪となり、二人を包み込んだ。    境内を後にした昭と桜子は、鳥居の前で 別れると、向きを変え歩き出した。  桜子が歩いていると、前方に健二の姿が 見えた。  健二に駆け寄る桜子に、健二は優しく 微笑んだ。 「本当にこれでいいのか? 後悔しない? 」 「後悔なんかしてないよ。私が選んだ道は、  健二さん、あなたといる未来だから……」  そう言うと桜子は健二の胸に飛び込んだ。  「華? どうしたの? 夜道の一人歩きは  だめだよ」   昭の前に歩み寄る華に彼が声をかけた。   華は、無言で昭に抱きつくと、  「昭くん、私でいいの? 本当にいいの?」   昭は、華の頭をそっと撫でると、  「華、俺はおまえと一緒に未来を見て みたいんだ。  今度こそ、一緒に未来を見ような」   そう言うと華を力強く抱きしめた。  そして、桜の季節は終わり、 俺たちは、夢を見なくなった……。  季節は巡り、時は経ち、みんながそれぞれの未来を迎える……。  
/55ページ

最初のコメントを投稿しよう!

106人が本棚に入れています
本棚に追加