聞こえない

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 昨日は、大学のラボの新人歓迎会だった。  珍しく真野さんが参加していたから、舞い上がってしまって、思わず飲みすぎた。  真野さんは、そんな私を家まで送ってくれた。  家の前で、私は口を滑らせるみたいに告白した。  思いを伝えるつもりなんてなかった。  それは完全に、酔った勢いだった。  真野さんは驚いたみたいだったけど、少しためらうような間を空けて、微笑んで言った。 『俺も、橋本さんのこと、ずっと好きだった』  それを聞いた瞬間、何かが全身を駆け巡った気がした。  真っ白になった頭の中に、真野さんの声が甘く何度も反響した。  まるで世界に彼と2人だけになったみたいに、私は真野さんと離れたくないと思った。  その後の記憶は、ほとんどない。  戸惑う真野さんの上に、自ら跨ったことだけを、朧げに覚えている。  ……死にたい。    改めて羞恥心が込み上げてきた。  絶対、真野さんに軽い女だと思われた。  私のことを嫌いになったかもしれない。  いくら酔っ払っていたとはいえ、普段の私だったら、そんなこと絶対にしない。  初めてだった。  あんなに強く、シたいと望んだのは。    再びベッドの上に倒れ込んで、昨晩の自分の行いを思い返して悶絶していた私は、そこでふと思った。  全部夢だったのではないかと。  真野さんとセックスしたことも。  真野さんを部屋に連れ込んだことも。  真野さんに好きだと言われたことも。  せめて、この耳だけは夢であってほしい。    幸い、今日は土曜日でラボが休みだ。  もう一度寝よう。  寝たらきっと、すべて元通りになっているはずだ。
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