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呪い
『すまん』
敷間は、頭を深く下げて言った。
『好きになってしまったんだ』
ウェーブのかかった髪の毛先が、かすかに揺れている。
大人になっても相変わらずチャラついた奴だ。
『明子だけは、勘弁してくれ』
食い下がりながらも俺は、もうどうにもならないのだと分かっていた。
敷間の隣に座る明子の耳に、俺の声は届いていないようだった。
『約束する』
敷間は申し訳なさそうに言った。
『決して不幸にはしないよ』
『当たり前だ』
俺は、とうとう観念した。
『不幸にしたら、私は君を殺す』
本気だった。
敷間のせいで不幸になった女たちを、今まで何人も見てきた。
明子が同じ目に遭わされるのだけは、許せなかった。
『ああ』
敷間は大きく頷いてみせた。
『僕の覚悟を見せよう』
そう言って、こちらに身を乗り出してきたかと思うと、敷間は俺の胸ぐらを掴んで、突然接吻をしてきた。
抵抗も忘れて呆然としていた俺は、やがて唇が熱を帯び始めるのを感じた。
その熱は、喉元に広がって、身体中に浸透していく。
『僕にはもう、無用な力だからな』
敷間は最後にそう言った。
そして、二度と俺の前に姿を現さなかった。
その力を、俺が呪いと呼ぶようになるのは、そう遠くない未来のことだった。
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