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コスモの言った通り、それから結構な距離を歩いた。マップアプリの衛星写真に間違いがないのであれば、この道の終着点は「白い円形の領域」のはずだ。確かトンネルから数百メートル程度の距離だったはずだけど、荷物が重たいうえに、勾配はそこまできつくないものの上り坂だから感覚的にはそれ以上歩いているような気がする。
風が吹くたびに頭上を覆う木々の枝葉がざわざわと不気味に音を立てている。月明りもなく、三メートルくらい離れると相手の表情が見えなくなるほど暗かった。ライトをなくせばきっとおしまいだろう。
人間と違って夜目が効くのか、坂道と荷物の重さにやられて牛歩になっている七森姉妹と違ってイオのスピードはぐんぐん加速する。ちょっと待って、死んじゃう、とコスモを呼び止めるが、「一本道だからゆっくり来い」と言い残して彼らは先に行ってしまった。
無心で足を前へ前へと運んでいると、上り坂が終わって平地に出た。少し遅れて継実も到着する。すると風といっしょになってイオが向こうから走ってきて、飛びついてきた。
コスモが私の横に立ち、「ライトを切って上を見ろ」とぼそりと囁いた。言われた通りにライトを切り、上を見る。
「わ、わぁ……」
ここに至るまでの疲労や不満を全て忘れて、息をのんだ。
そこに広がっていたのは星空だった。
宇宙と同じ色をした深い闇を背景に、自己主張するように星々が輝いている。満天の星空、という言葉の意味を生まれて初めて実感した。そりゃあ、これまでに夜空の星々を肉眼で認識したことはもちろんある。でもそのときに観測した夜空はきっと全部まがい物だ。本当は、目に見える数の何十倍もの星たちが、街の明かりによってかき消されていたのだ。
理科の教科書の巻末に載っていた星空よりも美しく感じるのは、きっと写真では再現できないからだ。宇宙の死ぬほど果てしない奥行きも、強く輝いているのに深い闇に包まれているという矛盾も。
「いいだろ、ここ。四方を山に囲まれた盆地になっているんだ。雲があるときは東側の山の向こうから街の明かりが反射してくるけど、今日みたいな快晴の日は案外星空がきれいに見えるだろ。あそこにあるのは、じいさんが管理していた自作展望台だ。新月の日を狙ってよく観測に来る。月明りは邪魔になるからな」
コスモの声で我に返る。彼が指さす方向に顔を向けると、展望台と思われる建造物が目に入った。全長五メートル程度の複数の柱が床を持ち上げている。支柱にまきつく朝顔のツルのように、階段が台の側面をらせん状に這っていた。
展望台を目にした継実が感嘆の声を上げる。
「こんな素敵な場所を管理しているなんて……初耳」
「初めて言ったしな」
コスモが赤い光で足元を照らしながら展望台の方向に歩き出すと、イオがそれを追い越して階段に足をかけた。首にかかるテンションなんてお構いなしで前に進むので、リードを持つコスモが逆に引っ張られてどっちが飼い主かわからない状態になる。彼らの後を追うようにして私は展望台の階段を上った。
「星空って冬の方がきれいに見えるんじゃないの?」
階段を上りながら、コスモにそう尋ねる。
「よく知ってるな。七森妹」
「いもっ、」
なにその呼び方。
「夏の方が見ごろの星もあるんだよ。木星とか、土星とか。天の川も夏の方がよく見えるんだぜ」
展望台の床面は上から見ると半径三メートル程度の八角形になっていた。表面が白色に塗装されている。おそらくマップアプリの航空写真に写っていたのはコレだろう。
「貸してみろ」
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