第一章 囁きの片道トンネル

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 四日後。八月二十七日。悲しいことに夏休みもそろそろ終わる。  継実経由で修君からトンネルの場所を聞き出すことに成功したので、実際に下見に行ってみることにした。久しぶりのオカルト現地調査ということで、腕が鳴る。  暇さえあれば現地調査に赴き、幽霊や妖怪といった非現実的な存在を追いかけまわすこと早十年。私がここまでオカルトに熱中することになった原因はおそらく祖母にある。  祖母はとても優しいが私と同じように心霊や怪談、怪しげな占いなんかが大好きな人で、子どものころはよく寝る前に怖い話を聞かされたものだった。 そんな祖母が信じてやまない言い伝えの一つに、「人攫(ひとさら)赤光(しゃっこう)」というものがある。なんでも空一面が血のような赤に染まるときがあるらしく、その現象が生じた翌日に決まって身近な誰かが失踪するというのだ。 「悪いことをすると赤い光に連れていかれるよ」  祖母はそうやって、私たちに繰り返し言い聞かせた。  祖母の話によると、祖父が山で遭難したきりいなくなってしまった際にも、ひいじいちゃんとひいばあちゃんが海水浴場から姿を消した前日にも「赤い光」とやらを目撃したという。そして、父がいなくなったときも。  過程は長くなりそうな気がするので割愛するが、祖母の怪談話を真に受けた当時の私は、「赤い光」なるものを恐怖の象徴としてしかと脳に刻みこむ一方で、さる理由からその怪現象の秘密を暴くために独自調査に乗り出すことになる。  赤い光。近親者の失踪。もっともそういったキーワードで調べて引っかかる情報はオカルトと名の付くものばかり。意気込んで調査に乗り出したものの真相にたどり着くわけでもなく、結果として残ったのは膨大なオカルト資料や、心霊スポット巡りのときに撮った大量のゴミのような映像データのみ。いつしか人からオカルトマニアと呼ばれるようになり、やがて私はそれを自称するようになった。十年調査しても成果が上がっていないところを見ると情報の信憑性を疑いたくなってくるが、祖母亡き今、その真偽を確かめる術もない。  実家の最寄り駅から札幌駅まで電車で行き、札幌駅から一度地下鉄に乗り換えて、琴似(ことに)駅で降りた。  札幌と聞くと都会をイメージする人が多いみたいだが、栄えているのは札幌駅周辺が主であって、市全体で見るとその面積の大部分は山だ。マップアプリの衛星写真を見ると市の西側と南側が緑色で覆いつくされていることがわかる。  トンネルの場所は西区と呼ばれる区域の、山のふもとにあるとのことだった。西区行きのバスは札幌から出ていないので、わざわざ地下鉄で一度琴似駅を経由しないといけない。  琴似駅のバス乗り場でバスに乗り、西区へと向かう。一番うしろの席を陣取ってぼんやりと窓から外を眺めていると、駅前のごちゃごちゃした風景から、のどかな自然へと景色が変わった。西に連なる山々がぐんぐん近づいてくる。   目的地の最寄り駅で降車すると、スマホのマップアプリを開いた。教えてもらった位置情報を確認しながら坂道を上り、山の方面に向かう。周囲から住宅が消え、代わりに動物を飼育している小屋や放牧場が現れ、四方からニワトリやヤギの鳴き声が聞こえてくるようになった。  マップに従って歩を進めていくうちに道はだんだんと狭くなり、やがて幅三メートル程度の獣道に変わった。そこからさらに五分ほど歩いたところで、例のトンネルにぶちあたる。ほとんど九十度に近い崖のような山の斜面に、縦に割った金属製の筒を突き刺したような、手作り感満載のトンネルだった。そこまで大きくはない。おそらくトンネルの高さは二・五メートル程度。アーチ環の表面はコケで覆われ、植物のツタが毛細血管のように侵食していた。
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