第一章 囁きの片道トンネル

5/14

12人が本棚に入れています
本棚に追加
/76ページ
 私はこれまでの経緯を簡単に説明した。 「ふうん、そっか。修のやつ、人に頼むんだったら自分でも探せよな」  話を聞いた少年はふくれっ面をこしらえる。 「じゃあオレ、帰るから」  彼は私から有益な情報を得られないことを悟ったのか、くるりと踵を返して歩き出した。 「ちょ、ちょっと待って。ストップストップ」  彼は足を止めてこちらを振り返るが、その顔は気怠そうに歪んでいる。  こうなったら高校生の本気を見せてやろうじゃないか。私は少年を引き連れて来た道を戻り、そのままふもとのコンビニへ向かった。入店してお菓子売り場に導くと、「好きなものを選びなさい。あ、五百円以内ね」と胸を張って言う。要するに買収である。  少年は怪訝な顔つきのままだったが、学校で流行っているというカードを三パック選び取って突き出してくる。自分が食べるアイスと合わせてレジへ持っていき、まとめて購入した。  駐車場の日陰になっているところで、彼に購入した商品を手渡す。いくらか警戒心を解いてくれたのか、カードを受け取る彼の表情は心なしか柔らかかった。私は棒アイスを食べながら、少年から情報を聞き出した。 「藤原が転校して間もない七月初旬に、クラスで迷子犬捜査のための六人チームを結成したんだよ。ちなみに修もその一人。結構探したつもりなんだけど、見つからなかったから七月半ばに解散した。オレは思うところがあるから今も独りで探索を続けているけど」  彼はカードのパッケージを開封しつつ、状況を説明する。よっぽどパックの中身が気になるのか私には目もくれない。 「トンネルの前のフェンスって、ずっと閉まっているの?」 「うわ、外れだ」  望んでいたカードが出なかったのか、彼はがっくりと肩を落とした。 「フェンスが閉まっているかって? 大体はね。日中に開いているところを見たことがない。でも、開いているときもある。オレは一回だけ見たよ――」  彼の話によると、八月三日の夕方にトンネルを訪れたときに、フェンスが開いているのを見たそうだ。これ幸いとトンネルに入ってみたが思った以上に中が暗かったため、懐中電灯を取りに一度家に戻ったという。だがもう一度トンネルを訪れたときには既にフェンスの鍵は閉まっており、中に入れない状態になっていたらしかった。トンネルから離れていた時間は約四十分。その間に、フェンスを管理している人がやってきて鍵を閉めたということだろう。 「トンネルの管理者って誰だかわかる?」 「わかんないよ。看板に連絡先とかも書いてないし」  それもそうか。 「トンネルに入ったときって、赤い光は見なかった?」 「ああ、藤原が言っていた『火の玉みたいな赤い光』ってやつか」 「火の玉?」 「うん。本人はそう言っていたよ。オレがトンネルに入ったときは見なかったけどね」  火の玉、か。  私はちょっとがっかりした。私が求めているのは「空一面を覆う赤い光」だ。同じ赤色の光でも私が求めているものとはイメージが違う。 「あとは『囁き声』だな」  少年はカードをズボンのポケットに入れ、空になったビニール製のパッケージを片手で握りつぶしながらそう言った。
/76ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加