第四章 SOSの調べ

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 東堂家は篠崎家の二つ隣の大きな一軒家だった。三階建ての洋風の家で、この辺りじゃ一番豪勢なたたずまいだ。庭も広く、車庫にはぴかぴかの高そうな車が停まっており、明らかに両親のどちらか、あるいは両方が高給取りであることが予想された。   疲弊しきった身体を引きずりながら、背の高い格子門の前に立つ。一華以外の女子の家に突撃すると思うとなんだか緊張してしまう。勢いでここまで来てしまったが、考えてみたら連絡先を知っているのだから普通にスマホでやりとりすればよかったと後悔した。  呼び鈴に手を伸ばそうとしたところで、背後から「歩くん?」と声をかけられて再び身が固まる。なぜか咎められているような気がして、胃が押しつぶされそうになる。おそるおそる振り返ると、制服姿の千尋と目が合った。 「先輩、まだ帰宅してなかったんですか」 「まあね。家はあんまり居心地がよくなくて。何か用?」  僕はかいつまんで状況を説明した。  疲れているのか、以前に会ったときよりも彼女の表情には覇気がない。だが一華の身に危険が迫っているかもしれないという内容を耳にすると一瞬でスイッチが入ったようで、彼女は眠そうだった目をかっと見開いた。 「とりあえず、電話、もう一回かけてみたら?」  千尋にそう促され、ポケットからスマホを取り出して一華の番号にかける。予想に反してすぐに繋がった。スピーカーモードにして、千尋にも音が聞こえるようにスマホを胸の前で持った。 「もしもし? イチカ? 聞こえる? もしもし?」  ごそごそと物音がするので、通信先に誰かがいるのは間違いないだろうが、いくら呼びかけても向こうから返事はない。  しばらく呼びかけながら相手の反応を待っていると、何やらピアノっぽい音が断続的に聞こえてくる。高い音と低い音の二種類の音がランダムに鳴っているように思われた。 「ドとレだね」  千尋はそう言うが、音楽には疎いのでそれが本当にドとレなのかはわからない。仮にドとレだとしても、それらの音にどんな意味が含まれているのか瞬時には理解できなかった。ただ一華は無鉄砲だけどバカじゃない。きっと何かあるはずだった。 「も、もしかして、何らかの理由でしゃべれない状況にあって、音でメッセージを伝えようとしているんじゃ……?」 「なるほど、SOSってことか」  聞こえてくる音の情報をメモるために、僕は急いでリュックからノートを取り出して開いた。だが運悪く筆箱がリュックの奥底でひっくり返ってしまい、数本用意していたペンはたちまちリュックの中で行方不明となった。慌てふためいていると、千尋が通学カバンの中からシャープペンシルをすっと抜き取って、それをこちらに差し出してくる。 「これ、使う?」  シンプルなデザインだが高級そうなシャープペンシルだった。色はモスグリーン。僕はありがたくそれを受け取り、その先端をノートの白紙に接触させる。  スマホを耳に近づけてその音を注意深く聴くと、五回鳴ったあとに一拍の間が空いていることに気づく。千尋の言うことを信じて高いほうをレ、低いほうをドとして、聞いたとおりにノートに記入していく。どうやらランダムではなく、ドとレの組み合わせからなる五つのパターンをループして発信しているものと思われた。  ドドドレド レレドレド ドドドドド ドレドレレ ドレドドド  ノートに書かれた文字列を見つめ、思考を凝らすこと約十秒。ひらめくのに、十秒かかった。 「すぐに行く。もう少し待ってて」  スマホに顔を近づけてそう言い、通話を切ってそれをポケットにしまった。
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