第四章 SOSの調べ

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 やっと終われる。歩にすべてを見抜かれて最初に浮かんできた言葉がそれだった。後悔もある。これからどうなってしまうんだろうという恐怖もある。でもそれ以上に安堵した。もう怯えなくていいし、もうウソをつかなくてもいい。身勝手だがそれが本音だった。  促されるまま車庫から自転車を引っ張り出してきて、荷物を地面に放置したままサドルにまたがった。そして歩と二人で文殊寺へと向かった。    父は弁護士、母は公務員というお堅い家庭で育った。偏差値と順位こそが絶対的な正義という古い価値観を持った親だった。幼少期から過酷な勉強を強いられ、いい大学に行くことを強制的に目標にされた。理数系の方が将来的に有利だという理由でしこたま数学の勉強を詰め込まれた日々は地獄でしかなかった。おかげで人より数字には強くなったが、そこには愛も希望もなかった。  クラスメートや教師からよく優秀だと言われるが、その評価は比較対象によって簡単に変わる。仮に毎年何十人も東大合格者を輩出するような偏差値の高い高校に入学すればあっという間に底辺だ。そして家庭内の基準はそんな高校に通っていた姉だった。親の希望通りに進学を続け、現在は大学で医者を目指している優秀な姉が東堂家の物差しだった。成績が下がれば「もっとお姉ちゃんを見習いなさい」と言われ、成績が上がっても「お姉ちゃんに近づいたね」と言われた。姉が上位互換の存在として君臨しているおかげで、どう転んでも自己肯定感は抹殺された。  姉が優しければまだ救いはあったかもしれない。しかしストイックな姉から投げられる言葉は救いの言葉ではなく出来損ないを克服するための助言だった。彼女はダメな妹の欠点を指摘し、言った通りにすれば絶対に克服できると激励した。悪気はなかったのかもしれない。ただ言われている立場からしたら欠陥品のレッテルを貼られているようにしか思えなかった。  娘の心情を察することを放棄し、スコアだけを監視するような親のことはどうしても好きにはなれなかった。私立中学の受験に失敗して、近場の公立校に通うようになってから特に差別的な発言がひどくなったように思う。口を開けば成績と志望校のことが話題に上がり、いかに自分が足りていないかを指摘される毎日だ。まるで刺青のように、全身に劣等感が刻まれ続けた。  定期テストのスコアを見るのが怖かった。学年順位を見るのが怖かった。模試の結果を見るのが怖かった。定期テストが近づくたびに果てしなく気分は憂鬱になり、試験を受けるのが恐ろしくなった。  たかが点数。たかが学業。頭ではわかっていてもこの恐怖心は病のように精神を蝕んだ。誰を頼ればいいのか、誰に救いを求めればいいのかわからなかった。何のために生きているのかわからなかった。自分が何をしたいのかもわからなかった。  そしてついに悪魔に魂を売った。出来損ないのレッテルを払しょくしたいというちっぽけな動機で、友人の手を借りて試験問題のデータを盗み、スコアを上げた。悪いことだと自覚しつつも、こうでもしなければ生きていけない気がした。だから何度もやった。それは、一瞬の快楽は得られるが破滅しか待っていない薬物に似ていた。罪は確実に健全な精神を侵し、食事は喉を通らなくなり、昼食を食べられなくなった。去年と比べて体重は六キロ落ちた。
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