第四章 SOSの調べ

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 ウソを重ねるたびに罪の意識は膨れ上がり、やがてその重さに耐えるのもきつくなって、気づいたら部屋の隅っこでぶるぶる震えるようになった。犯行を隠蔽するためという、極めて利己的な動機で倫太郎の救命を怠ったのは最大の失敗だった。生きた心地がしなくて何度も自首しようと思った。罪を認めて楽になりたかった。  病院に行って倫太郎の顔を見れば、罪の意識に耐えられなくなって一華に全部白状できるんじゃないかと思ってた。でも言えなかった。「私、許せない」。一華の、犯人に向ける敵愾心が邪魔をして結局またウソにウソを重ねた。  文殊寺の隣の敷地に到着し、自転車を降りようとしたときに足元がふらついて、がしゃん、と横に転んだ。ひじとふくらはぎをアスファルトに打ち付け、強烈な痛みが走る。立ち上がって自転車のハンドルに手を伸ばしたときに、スカートのポケットに突っ込んでいたシャープペンシルが地面に転がった。誕生日に一華からもらった大切なシャープペンシルは、街灯に照らされてその表面を鈍く光らせた。 「私、千尋みたいになりたい」  一華はたびたびそう言った。  社交辞令でもうれしかった。  一華の前では昔から自分の思う理想の姉を演じてきた。かっこよくて、頼りになって、くじけそうなときに「お姉ちゃんが味方だよ」と言ってくれる姉がほしかった。自分のことを認めてくれる姉がほしかった。出来損ないでも、どんなときでも味方でいてくれる姉がほしかった。  うまくできていたかな。  もっとも仮にうまくできていたとしても、きっと彼女との関係も終わりだろう。彼女が今回の件で何をどう思うかはわからないが、合わせる顔がない。一歩間違えば倫太郎を殺していたのだ。くだらない動機で大好きな兄を危険にさらした人間を尊敬することも許すこともしないだろう。  後悔。  後悔が病のように全身に広がっていく。  けど、もう、何もかも遅すぎた。  あふれ出る涙を袖でぬぐいつつ、古い平屋の前に立った。かつて石島の親戚が管理していた無人の家で、いつも作戦会議場にしていた場所だった。明かりはついていないようだが、中から人の気配がする。  歩が扉に近づき、取っ手に手をかけて引き戸を引いた。しかし鍵がかかっているようで開かない。扉をたたいて一華の名前を呼んでも中から返事はなかった。歩は背負っていたリュックを下ろすと中から工具のようなものを取り出し、それで鍵穴をがちゃがちゃといじり始める。 「どいて、歩くん」  歩は怪訝そうな顔をしつつも言われたとおりに身を引いて、脇に避けた。  彼が安全な場所まで離れたとこを確認してから思いきり扉を蹴飛ばした。ぱりん、と音を立ててガラスが割れる。破片がふくらはぎをひっかいて血が出てきたが、なぜか痛みは感じない。開いた穴から手を突っ込んで内側から鍵を開けると、扉を開き、中に突入した。   悲しみや絶望よりも、石島に対する怒りが力を増していた。  一華に嫌われるのはしょうがない。それだけのことをしたから。  でも、お前が一華を傷つけるのは道理じゃない。もし一華を少しでも傷つけようものなら、絶対に、許さない。
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